桜と兵隊(茨城県) | コワイハナシ47

桜と兵隊(茨城県)

よく晴れた、春の午後。近藤さんは五歳になる息子を連れて、茨城県の自衛隊駐屯地を訪れていた。

「そこね、桜が咲く時期になると一般開放されるんです。ウチの子、戦車や武器が好きなもんで、花見がてらに連れていったんですよ」

あんのじょう息子は敷地内に置かれた数々の戦車や砲台に大喜びしている。驚喜する様子に目を細めつつ、彼女は桜並木のなかを歩いていた。

風の強い日だった。まだ冷たい春の嵐が吹くたびに、花吹雪で視界が鮮やかに染まる。そのなかを家族連れや恋人、若い自衛隊員たちが笑いながら闊かつ歩ぽしていた。

平和というものを形にしたなら、この景色になるのではないか。そんなことをしみじみ考えていた矢先、息子が唐突に近藤さんの手を振りきって走りはじめた。

見れば、息子の視線の先で一匹の紋白蝶が花びらの隙間を飛びまわっている。我が子はよほど夢中らしく、足どりもふらふらとおぼつかない。

「ちょっと、転ばないように気をつけてね」

と、はしゃぐ背中を追いかけていた近藤さんは、道の奥の建物に目を留めた。

男性数名が、玄関のガラス扉ごしに息子を見つめている。

みな一様に見慣れぬ薄手の帽子をかぶり、深緑色の制服を着ていた。一見したかぎり、全員の顔にどことなく幼さが残っている。

自衛隊の人かしら。それにしてはずいぶん若そうだけど。

訝しみながら玄関を眺めていた矢先、男性たちがいっせいに視線をこちらへ向けた。

咄嗟にお辞儀をした近藤さんへ、男たちはにこやかに会釈をかえしてから。

どろり、と溶けるように消えてしまった。

「古い壊れかけのテレビって、画面が滲んで肌の色も服も一緒くたになるでしょ。あんな感じ、全体が緑色の影になって消えたんです」

その場に腰を抜かしたまま叫んでいると、声を聞きつけた初老の自衛隊員がこちらへ走ってきた。

「大丈夫ですか、どうしました」

「男の人、あそこにいて、消えて、若い人、変な帽子で」

すがるように制服の裾を摑つかみ、しどろもどろで詳細を伝える。

自衛隊員は何度もちいさく頷きながら近藤さんの話を聞いていたが、やがて、ぽつりと、

「それは、たぶん戦闘帽ですな。いまの自衛隊員の制帽ではありませんよ」

と、答えた。

「あの建物には、特攻隊員の遺品や遺書がおさめられているのです」

とっこう。日常では聞くことのない単語に、思わず息子を抱いていた腕の力が強まる。その様子をやさしげに眺めてから、自衛隊員の男性は言葉を続けた。

「特別攻撃の略ですよ。戦時中、ここは若い人たちを集めて訓練する施設だったんです。訓練を終えた若者たちの多くは飛行機で戦地へ飛び……敵機に体あたりをしました」

男性がわずかに顔を伏せて押し黙る。

沈黙を補うように風が吹き、枝を鳴らしながら花吹雪が散った。

「特攻隊員の多くは未成年でした。なかには、幼い弟や妹がいた隊員もいたことでしょう」

あなたの、お子さんくらいのね。

その言葉を耳にした瞬間、先ほどまで感じていた怖気が、すっ、と消えた。

自衛隊員に礼を述べると、近藤さんはきょとんとしている息子の手を引いて、男たちが消えた施設へ赴き、展示されていた遺品や遺書を見学した。

「展示内容は別な意味で恐ろしかったですけどね。むしろ……悲しかったというべきかな。十秒かそこらの出来事でしたけど……あの人たちの笑顔は、一生忘れないでしょうね」

その年以降、彼女は毎年桜の時期になると、くだんの駐屯地を訪問しているそうだ。

【雄翔館】

茨城県阿見町にある陸上自衛隊土浦駐屯地の敷地内にある施設。別名「予科練記念館」。

予科練とは「海軍飛行予科練習生」の略称で、一九三〇年に航空機搭乗員育成を目的として開設された組織である。土浦駐屯地のある場所には当時、海軍航空隊が置かれており、第二次大戦の末期には特攻隊要員の訓練がおこなわれた。全国の予科練習生およそ二十四万人のうち一万八千名以上が戦死した。現在、雄翔館には予科練出身者の遺書、遺品など千五百点以上の品が展示・保存されている。

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