巨頭の丘 トンカラリン(熊本県) | コワイハナシ47

巨頭の丘 トンカラリン(熊本県)

話者ご本人より「正確な月日を明記してほしい」との要望を受け、以下の話はその日付を明らかにして掲載する次第だ。

熊本県にお住まいの、野村氏の体験である。

二〇〇四年八月十五日、日曜日の朝だった。

その日、野村氏はカーラジオのニュースに耳を傾けながら、隣県の福岡をめざして朝靄の国道を走っていた。

「なんでラジオば聞いとったかちゅうと、前日がアテネオリンピックの柔道の試合でして。私とおなじ苗字の、野村いう選手が決勝に進んどったんですよ。いや、親近感をおぼえてね、決勝戦の結果はどうなったもんかと、スポーツニュースを待っとったわけです」

ところが、アナウンサーがようやくオリンピックに言及した矢先、突然ラジオにノイズが混じり、十秒と経たずにまったく聴き取れなくなってしまった。

チューニングのつまみを右ヘ左へと動かしてみたが、音声が復活するきざしは微塵もない。

「こん、ダラ馬鹿がッ」

カーラジオを睨みつけて罵倒し、舌打ちをして前へ向きなおる。

「え」

道が、なくなっていた。

道路のアスファルトも路傍の電柱もガードレールも遠くの家々も、数秒前まで靄のなかにうっすら見えていたすべてが消失し、前方にはごつごつとした木々と草むらが広がっている。

道を逸れたにしても、あまりに景色が違いすぎる。

戸惑いつつも、野村氏はブレーキを踏まなかった。進めばどこかに行き着くだろうという祈りに似た思いと、停まってはいけないという警告じみた直感が、同時に働いたのだそうだ。

風景が一変してから五秒か十秒、その程度の短い時間が過ぎたころであったという。彼は、車の脇にそびえるこんもりとした丘に、こちらを見おろす数名の人影をみとめた。

助かった。道を聞こう。

思わず手を振ろうと途中まで挙げた腕が、止まる。

頭部が、異様に大きい。

通常見かける人間の頭に比べて、倍近くはあったのではないかと野村氏はいう。

ぷっくり膨らんだ頭頂部、輪郭に沿って、ラグビーボールよろしく歪つな楕円を描いている長髪。額に圧迫されているのか、瞼は肉で潰れ、そこから切れ長の目が覗いている。

「宇宙人か神さまじゃねえかと思ったわ。服も着ていたはずなんだが、顔のおそろしさにやられて、ほかはまるで憶えとらんのよね」

彼ら──彼女らかもしれないが、性別は判然としなかったそうだ──から遠ざかろうと、咄嗟にハンドルを切る。

その途端、車に衝撃が走り、慌てて急ブレーキを踏んだ彼は前方につんのめった。

顔をあげると、景色はもとの国道に戻っていた。

先ほどラジオを弄ったあたりから、百メートルと進んでいない。

夢か。寝ぼけたんか。

呆然としながら車を降りて、ボディに異常がないかを確かめる。

「……夢じゃなか、か」

タイヤには、草の汁とおぼしき液体がべっとりと付着していた。

それから十年余。

幸いというべきか、現在にいたるまで奇妙な体験はその一度きりである。

だが、いまでも野村氏はあの十数秒の出来事と、丘から自分を見つめる巨頭の集団を、ときおり夢に見るそうだ。

「いつの日か、また呼ばれそうな気がして……怖かたい。だけん」

自分が消えたときのために記録してほしいのだ、と彼は私に告げた。

【トンカラリン】

熊本県和水町にあるトンネル型の遺構。全長はおよそ四百六十五メートル、大きさの異なった五つのトンネルによって構成されている。穴に石を投げこんだ際の音が名前の由来だといわれているが、なんのために造られたものかは不明で、現在も議論が重ねられているという。

一九九四年、トンカラリン周辺の松坂古墳と前原長溝遺跡から、四体の変形した頭蓋骨が発見された。発掘した別府大学の坂田邦洋助教授(当時)は「この骨は女性のシャーマンのもので、トンカラリンは隧穴信仰に関連した祭祀施設だったのではないか」と述べている。

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