縄と不良(千葉県) | コワイハナシ47

縄と不良(千葉県)

現在でこそ良きマイホームパパとしてふるまっている岩原さんだが、本人いわく若かりしころは「ずいぶんとヤンチャな人間」であったのだという。

「恥ずかしいのであまり詳しく話したくはないんですけどね。オフクロが泣かない日はなかった……と説明すれば、なんとなく理解してもらえるでしょうか」

喧嘩、窃盗、シンナーに無免許運転──いわゆる不良行為はひととおり経験していた。高校の担任からは「極道になるか交通事故死か、お前の未来はふたつにひとつだ」とまで言われたそうだ。

「まあ、当時はそんな台詞さえも勲章みたいに思っていましたけどね」

では、そのように破天荒きわまる生活から、いったいどのようにして足を洗ったのか。

好奇心のままに訊ねる私に苦笑しながら、彼は「それがまた傑作でしてね」と言った。

十五年ほど昔、ある冬の出来事だそうだ。

その日、岩原さんは完成して間もない海ほたるパーキングエリアから自宅へ向かい、単車を走らせていた。やや苛立ちながらの帰路であったという。

「海ほたるで家族連れからジロジロ見られまして。で、〝外見で決めつけんじゃねえ〟と怒鳴ったんですよ。まあ、いまになって考えてみれば、特攻服を着て改造バイクに乗った輩が煙草をくわえて近づいてくりゃ、誰でも警戒しますよね。青かったんです」

どいつもこいつもサイテーだ。中身で判断しやがらねえ。

ロックの歌詞を彷彿とさせる不満を抱きながら、エンジンを吹かして爆走する。よほど頭に血がのぼっていたのか、気がつくとバイクは見知らぬ集落に入りこんでいた。

「あのへんって変わってましてね。アクアラインが走っているすぐ脇に、昔ながらの漁村があったりするんです。私が迷いこんだのも、そんなひなびた一角でした」

午後も早い所為か、それとも漁の時期ではないのか、集落に人の気配はなかった。閑散とした、ともすれば牧歌的にさえ思える風景が岩原さんをなおのこと苛立たせる。「すべてに無視されている」ような、錯覚をおぼえたのだそうだ。

お前らの眠りを覚ましてやるぜ。

やや自己陶酔に過ぎる台詞を呟きながら愛車をいったん停めると、彼は爆音を響かせ集落を走りはじめた。俗に《バイクコール》と呼ばれる迷惑行為である。

長閑のどかな漁村に轟くアクセル。その音に異変が起きたのは、百メートルほど駆け抜けた直後だった。

突然、速度が落ちたのである。

「無数の手が車体や背中をわし摑みにしたような感触でした」

故障か。慌ててバイクを停め、メーターやマフラーを確かめる。だが、どこにも異常は見あたらなかった。

なんだよ、いったい。

ふと、なにかが鳴った。

見あげると、彼の頭上二メートルほどの位置に、細い縄が渡してある。縄には絵馬とおぼしき板や木製のサイコロがいくつもぶらさがっている。

「ウチの近くでも、何度か見かけたことがありました。たしか、良くないモノを村へ入れないためのおまじないみたいなもんだって、幼いころに祖母ちゃんから聞きました」

これが原因……ってこたァねぇよな。まさかな。

気を取り直して再びエンジンを唸うならせ、アクセルグリップをまわす。

しかし、結果はおなじ。

突撃するたびに引き戻され、バイクは縄より先に進むことはできなかった。

二十回ほど挑戦したところで、岩原さんは諦めた。

「愕然としました。神さまか仏さまか知りませんけれど、人じゃないモノにまで弾かれた、否定された……そんな気がしたんです。大人が理解してくれないのは反発できましたが、人間じゃないとあっては、どうしようもないでしょ」

バイクをスタンドで自立させ、その場にぼんやりとしゃがみこんで縄を見る。途端、風に揺れた絵馬が彼を嘲笑うようにからからと鳴った。

なんだか、すべてが馬鹿馬鹿しくなった。

「人以外の存在に駄目だしされたのなら、本当にいまの自分は駄目なんだ。そう思いました。翌日には髪を黒く染め直してバイクも売っちゃいましたよ。ほんと、我ながら驚くくらいあっさり決断できましたね」

それから現在に至るまで、彼は再び道を踏みはずすこともなく、人生を謳歌している。

「くじけそうになるときもありましたが、〝もし自分に疑問を抱いたら、あの奇妙な縄に確かめてもらおう〟と思いながら、なんとか踏ん張りました。まあ、コイツらが生まれてからは、そんな考えもすっかりなくなりましたけどね」

岩原さんは嬉しそうに笑うと、傍らで遊んでいる我が子の頭をがしがしと撫でた。

年末には、もうひとり家族が増える予定だという。

【道切り】

日本各地に残る民間習俗。境界にあたる場所に注連縄を張る形式が多く、これは集落に疫病や悪人などを入れないための結界であるという。縄のほかには藁で編んだ巨大な人形を置く場合もある。千葉県君津市の「人形だんご」や新潟県の「ショウキサマ」、沖縄県の「石敢当」なども道切りの一種である。木更津周辺の一部地域では、集落の境界へ綱を渡して、そこへ藁で編んだ蛸やサイコロなどを吊るして結界を張る。蛸は「厄を吸うため」、サイコロは「博打打ちが多いと知らせるため」など諸説あるが、詳しい由来は不明である。

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