笑う恋人たち(徳島県) | コワイハナシ47

笑う恋人たち(徳島県)

鎌田君が徳島県にある峠を訪れたのは、ある晴れた日曜日のこと。

ほんの気まぐれな理由であったという。

「半年ほど片思いを続けていた女性がいましてね。何度か告白したんですが、そのたびやんわりはぐらかされて……いま思えば自分に気を使ってくれていたんでしょうけれど、そのときは真意が理解できなかったんですよ」

なぜ自分の思いに応えてくれないのか。どうしてこれほど苦しめるのか。玩てあそぶのか。

思い悩んだすえに、彼は「既成事実を作ろう」と閃いたのだそうだ。

「偶然を装っておなじ携帯電話に機種変更したり、SNSで交際をにおわせる発言をしてみたり……事実があればなんとかなるんじゃないかと考えたんです。まあ、内心では苦し紛れの単なる自己満足だと解っていましたが、なにかせずにはいられなくて」

その峠に行ったのも、そんな《既成事実》のひとつでした。

カーブが続く峠道の途中、橋のかたわらへ設けられた広場に、その目的地はあった。

「地元では《恋人峠》と呼ばれている場所でした。ここである願掛けをおこなうと、永遠の愛が約束されるんだそうです」

ある願掛けとは、《施錠》。広場に設置されている転落防止用のフェンスへ、男女の名前を書いた南京錠をくくりつけると、名前を記された男女は結ばれるというのである。「結ばれる」という祝い言葉に絡めた、いわゆるおまじないに近いものであったようだ。

「そこに南京錠を下げれば、あの子と一緒になれる気がしたんです。ま、正直イカれてましたね」

噂どおり、フェンスには無数の南京錠が神社の絵馬よろしく吊るされていた。

大半はホームセンターなどで購入できる金色の南京錠だったが、なかには自転車の防犯チェーンや、土蔵で見かけるような古びた錠前もぶら下がっている。

この錠の数だけ、世の中には恋人がいるのか。

陽光に輝く錠の群れを眺めながら、唇を嚙かむ。握りしめていた小ぶりの南京錠が、汗で掌のなかを泳いだ。

ポケットから水性ペンを取りだすと、手のなかの南京錠へ自分の名前をすばやく記し、相手の名前をゆっくりと書く。

これで俺たち二人は。これで、これでこれでこれで。

改めて南京錠を握りなおし、空いている場所を探してフェンス沿いに歩く。

ようやく見つけた隙間に南京錠を引っ掛けると、自然に笑みがこぼれた。

「だいすきだよ、ずっと」

隣に愛しの女性が立っている姿を想像しながら、かちりと錠をはめる。

その瞬間だった。

ざらららららららららっ。

突然の金属音に驚いて顔をあげる。

フェンスの端からこちらへ目がけて、南京錠が次々に跳ねあがっていた。

見えない手が撫でるような、風にざわめく稲穂を思わせる動きであったそうだ。

絶句する彼の目の前で、掛けたばかりの南京錠が、ばちんと外れて地面に落ちた。

「噓だろ」

呟いて、二、三歩あとずさる。応えるように、フェンス全体が、がっしゃ、がっしゃ、がっしゃ、と鳴り響いた。

「動物園の猿が見物客を小馬鹿にして檻を揺するでしょ。あの光景を思いだしました」

揺れ続けるフェンスを眺めているうち、鎌田君は思わず笑いだしていたのだという。

人じゃないモノに笑われるような真似を、自分はしていたってことか。

なにを執着していたんだろう。

「なんだか、すべてが馬鹿馬鹿しくなっちゃって。フェンスに〝今度は、誰かとふたりで来れるように頑張ります〟と一礼して、その場を去りましたよ」

そんな態度が功を奏したのか、彼は現在ひとりの女性と交際している。

「ただ……あの峠にはまだ行っていないんです。いまのカノジョには、あのときのことを秘密にしているもので」

もしも南京錠に笑われたら、いろいろ説明しなきゃいけないじゃないですか。

小声で囁くと、鎌田君は頭を搔いた。

【恋人峠】

徳島県美馬市の穴吹川にかかる峠。かつて平家の公達と娘が、難所であるこの峠で泣く泣く別れたことが名前の由来とされている。この言い伝えにちなみ、恋人峠はとこしえの愛を誓う男女の聖地となった。

道路脇に設置されたフェンスには恋愛成就を祈願した無数の南京錠がかけられているが、これと同様の「愛の南京錠」と呼ばれるならわしは、セルビアやイタリア、フランスや台湾など各国に存在している。

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