ロケハン(山口県) | コワイハナシ47

ロケハン(山口県)

若松さんは若かりしころ、映画制作会社に勤務していた。

もっとも彼は撮影や配給を手がけていたわけではない。ご本人の言葉を借りるならば、「現場を作るのが仕事」であったのだそうだ。

「ロケハン、って聞いたことありますか。ロケーション・ハンティングの略なんですが、要は撮影に使う場所を選定する作業のことです。いまは自治体やNPOが手がけたりするようですが、私の時代には映画会社が担当していました」

若松さんによれば、一概にロケハンといってもその目的は微妙に異なるのだという。

すでに映画の企画が進んでいる場合は内容に見合った場所を探さなければならないし、まだ草案段階であるときには、監督が気に入りそうなロケ地を見つけなくてはいけない。いずれにせよ、いまとは違ってインターネットやテレビの情報も乏しい時代であったから事前調査などは難しく、実際に現地へ赴いて確かめるのが最善であったようだ。

「ですから、良い場所があると聞けばどこへでも飛んでいきましたよ」

その日、彼は山口県にある平群島という島を訪れていた。

「シナリオ・ハンティングと呼ばれる業務です。物語の舞台になりそうな場所を探して、脚本家に提案するんですよ。そのときは脚本家から〝次の脚本ホンは異国の話にしたい〟と相談されていましてね。ほうぼう探したすえに辿り着いたのが、その島だったんです」

不思議な島だった。民家が並ぶ一角は、白壁と黒塀が両脇にそびえる細い小路になっており、さながら明治の町を彷彿とさせる。かと思えば山際の野原には何十もの牛が放牧されており、まさしくアジアの異国のような景色であったと、若松さんは当時の感想を述べている。

「海があって山があって古い町があって……ここならなんでも撮れるぞと大喜びでした。その所為でしょうか、その晩は島の酒場でちょっとばかり飲み過ぎましてね。気がついたときには、民宿の部屋で大の字になっていたんです」

激しい渇きで、目が覚めた。

ふらふらと起きあがると鉛でも流しこまれたように頭が重い。覚醒してくるに従って、喉を潤したいという欲求がますます強くなっていく。

調理場に行って、水を拝借するか。

まだおぼつかない足どりで部屋をでて真っ暗な廊下を進んでいると、窓ガラスの向こうで響く潮騒が、うっすらと耳に届いた。

これだけ夜も更けてしまっては、海は見えんだろうなあ。

よろめきながら、窓の外へ視線を巡らせる。

「おっ」

暗闇の彼方の沖合に、船の光とおぼしき青い点が数十個、ぽつん、ぽつん、と輝いている。数から察するに、このあたりを航行している客船のように見えた。

夜の場面も、情緒があって良いかもしれないなあ。

撮影風景を頭に描きながら、若松さんは船の灯りをぼんやりと眺めていた。

やがて、青い光はひとつ、またひとつと空に向かって上昇しはじめたかと思うと、五分ほどですっかり消えてしまった。

「いやあ、ぜんぶ飛んでいっちゃったか。もうすこし見ていたかっ……」

気がついた。

どうして、船の光が真上にあがっていくのか。

それに、このあたりを巡航しているのは、昼間に往復する定期船だけのはずだ。

では、あれはなんなのか。そもそも、本当に船なのか。

船でないとしたら。

にわかにぞっとして、若松さんは部屋へ小走りで戻るや布団を被った。

「布団ごしにも、潮騒の、どおん、どおん、という音が聞こえましてね。早く夜が明けてくれないかと必死に願いながら、無理やり寝ましたよ」

再び目ざめたときには、日がすっかり高くなっていた。

おそるおそる廊下へと足を進め窓の外を確かめたが、海はさして変わった様子もなく、陽光に波をぎらつかせているばかりである。そんな景色を眺めているうち、若松さんは前夜の自分がなにやら気恥ずかしくなってしまった。

よくよく考えてみれば夜中に出港する漁船がないともかぎらないし、珍しい自然現象の可能性だって捨てきれない。いずれにせよ、いたずらに怖がるようなものではなかったのだろう。そのように考えなおしたのである。

「ところがね」

民宿を去る間際、前庭を掃除していた宿の主人を見つけた若松さんは、ふと昨晩の出来事を思いだし、たわむれに光の正体を訊ねたのだという。

「あぁた、そら幽霊船じゃ」

宿の主人はこともなげに言うと、興味のないそぶりで再び箒を動かしはじめた。

「あまりに淡々とした口ぶりがかえって恐ろしくてね。慌てて島を離れましたよ」

さて。

東京に戻ってから、若松さんは依頼を受けた脚本家をはじめ、監督など数人の関係者を集めると、島での体験を語って聞かせたのだという。

「てっきり、〝不思議なものが撮れるぞ〟と喜んでくれると思ったんですが」

全員、反応は芳しくなかった。

と、予想外の反応に肩を落とす彼の肩を叩たたき、監督のひとりが口を開いた。

「あのさ、オレらは〝撮りたい画が撮れる場所〟が欲しいんだ。そこがどれだけ不思議な島であっても、妙ちきりんなことが起きたとしても、〝撮りたくもねえモンが写る場所〟は要らねぇんだよ」

監督はもう一度肩を豪快に叩いて、帰っていったそうだ。

「いや、ロケハンの奥深さを改めて思い知りました。まあ、いまとなってはどれも良い思い出ですけどね」

懐かしそうに目を細め、若松さんは愉快そうに笑った。

【平郡島】

山口県柳井市の南、およそ二十キロの沖に浮かぶ人口四百人あまりの島。その名前は、鎌倉時代に木曾義仲の子である平栗丸が逃れてきたことに由来する。一八七七年十二月、この平郡島沖を航行していた汽船大阪丸と郵便汽船名古屋丸が衝突、大阪丸は沈没して乗組員二十四人が亡くなった。衝突の理由については「御用金を使いこんだ証拠隠滅のため船を沈めた」、「政略結婚を嫌った娘が船員を買収して他の船に衝突させた無理心中」など諸説あるが、いずれも真偽は定かではない。以降、この沖では水夫の亡霊や幽霊船がたびたび目撃されているという。

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