四歳の子が見たあかいひと(長野県) | コワイハナシ47

四歳の子が見たあかいひと(長野県)

佐伯さん夫婦には、四歳になるひとり息子がいる。

素直で可愛らしい我が子だが、およそ一ヶ月に一度、ひと晩じゅう泣き叫んでまったく手がつけられなくなる夜があるのだと、彼はため息を漏らす。

悶絶しながら眠っているところを揺り起こし、「どうしたの」と訊たずねると、息子はきまって「あかいひとが、またきたの」と涙を浮かべ、しがみついてくるのだそうだ。

息子によれば、夢のなかで彼は、見知らぬ寂れた町にぽつんと立っているのだという。

彼方には、黒一色に染まった山々が連なっている。吹く風は寂しく、町は灯りも人影もない。心細さに呆然としているうち、どこからともなく誰かが息子のもとへにじり寄ってくる。逃げようとしても、夢の所為か身体はまるで動かない。

近づいてきた人物は血でも被ったように全身が赤々としており、目鼻と口のあるべき場所には浅い穴が穿たれている。口がなければ喋れないように思うのだが、《あかいひと》は息子の姿をみとめるなり覆い被さって、両親が夢から覚ましてくれるまで、なにごとかを延々と繰りかえすのだという。

「あかいひとは、どんな言葉を話しているんだい」

佐伯さんが訊ねると、息子は涙で濡れた頰を手でぐしぐしと擦こすってから、

おいだれのぉ、とぉやん、ござるなぁ。

おいだれのぉ、とぉやん、ござるなぁ。

謡のような節まわしで、一節を滔々と何度も繰りかえす。狼狽した妻が肩を揺さぶって「もう良いよ」と言うまで、止めようとしない。

「気の所為だよ、パパもママもそばにいるから、安心しなさい」

そう告げながら一時間ほど頭を撫でてやって、ようやく息子は再び眠りに就く。

妻は小児専門の心療内科に連れていこうとその道の名医を探しているが、彼はひそかに「病院では治らないだろうな」と思っている。

夢の場所は、かつて佐伯さんが住んでいた長野県の町に酷似しており、《あかいひと》の描写は、町はずれに建っていた全身真っ赤な地蔵にうりふたつだった。

幼いころ、彼は飼育していた金魚を、赤い地蔵の手前に生きたまま埋めている。

遊び半分の実験だった。息子から妙な夢の話を聞くまですっかり忘れていた、気まぐれのいたずらだった。

「息子の遭遇した《あかいひと》が、無益な殺生を怒っている地蔵なのか、それとも……」

彼はそこで言葉を詰まらせた。

まだ妻には、打ち明けていないという。

佐伯さんによれば、彼の郷里で「ござる」は「居る」という意味のほかに「腐る」または「死ぬ」「気がふれる」などの意味も持っているそうだ。

【赤地蔵】

長野県内には、善光寺周辺を中心に全身を赤く塗られた《赤地蔵》が存在する。赤地蔵そのものは高野山や長崎県五島列島など各地に存在するが、これほどの数が一地域に集中的に建立されているのは全国的にも珍しいという。かつてはその大半が火葬場近くに祀られていたが、いずれも由来や建立の時期が不明であり、そのため赤く塗られた理由はいまも明瞭していない(一説には魔除けの色だったのではないかといわれている)。地区によっては地蔵を川へ沈め、雨乞いをおこなう風習が残っている。

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