静粛に 出雲の神有月(島根県) | コワイハナシ47

静粛に 出雲の神有月(島根県)

その日、出雲に住む竹本君はすこぶる上機嫌だった。念願の新車が届いたのである。

「バンパーにヘッドライト、もちろんタイヤもカスタム済み。車高もギリギリまで下げて、ウーハーも積みこんだ自慢の逸品でした。ローン六十回は伊達じゃありません」

男心をくすぐる至高の愛車であったが、当時彼が交際していた女性にとっては、あまり食指が動くものではなかったらしい。納車翌日、自慢げにバイト先まで乗りつけた彼を、彼女は冷ややかな目で眺めていたという。

「……なんでアタシに相談もなく、こんな高い車買こうたの」

「アホ、これはロマンじゃ。いっぺんでとりこになるぞ、乗ってみい。な、な」

かくして、竹本君は半ば強引にバイト終わりの彼女を助手席に乗せ、ドライブへ繰りだした。あわよくば郊外のラブホテルへしけこんで、ことにおよぼうと計画していたそうだ。

「ちょっと倦怠期っぽかったもんで、それを解消しようと思ってました。車にシビレて、オーナーの俺に惚れなおしてもらおうという皮算用でしたわ」

市街地は、厳粛な雰囲気に包まれていた。

時期は十月、暦でいう神無月であるが、この出雲では反対に神有月と呼ばれる。日本じゅうから神々がこの地に集まるおよそ一ヶ月、出雲の町は華やかでありながら厳かという、一種独特の空気に変わるのである。

そんな崇高な気配に満ちた町を、竹本君はどぎつい色のヘッドライトを光らせつつ走っていた。アクセルを踏むたびに震えるマフラー、ハンドルから伝わるエンジンの唸り。すべてが満足、完璧なシチュエーションだった。

助手席で無言のままむくれている彼女を除けば、であったが。

「なあ。そろそろ、なんか言っても良いんでないの。〝カッコいい車ね〟とか〝最高の乗り心地ね〟とか、〝もっとスピードあげてよ〟とかさ」

「ダサい、助手席が硬い、もっと安全運転してよ」

いっこうに機嫌のなおらぬ彼女にやや苛だちながらも、彼はとっておきの秘策を実行することにした。

ダッシュボードからCD-Rを取りだし、プレイヤーに挿入する。彼女の好きなミュージシャンの曲を一枚にまとめた《オリジナルベスト》であったという。

コイツを聴けば、一発よ。

カーステレオのボリュームをあげ、リズムに合わせて身体を揺する。と、彼女がさっと手を伸ばして、すばやく音量を絞った。

「オイ、なにすんだ」

「なにいってんの、静かにせんと。いまは《お忌みさん》でしょ」

お忌みさんとは神有月の期間中におこなわれる「神在祭」の別名だった。神々が来年に向けて会議をおこなうとされるこの時期、人間たちは邪魔をしないように歌や踊りなどの騒音を控えて過ごすのである。人間がその存在をひた隠す禁忌の時期、出雲に暮らす者であれば知らない者のいないきまりごとだった。

ゆえに彼女の忠告は当然であったわけだが、竹本君はそれがいたく気に食わなかった。

せっかくの新車も頭を悩ませた選曲もまるで褒めず、神々に気を使うとはなんなんだ。

憤りにまかせ、竹本君はボリュームをさらにあげた。トランクに設置したウーハーが、重低音をあたりに響かせていく。再びスイッチに伸ばそうとした彼女の手を、条件反射で払いのけた。

「痛いッたあ。ちょっと、なに考えとんの。バチあたりでしょ」

「うるせぇッ、イチでもバチでもあててこんかいッ」

彼女に向かって言いかえした直後だった。

車内に轟いていたBGMが、ぷつり、と切れた。驚いてカーステレオへ視線を移すと、ボリュームスイッチがゼロになっている。誤って触れたのだろうか。首を傾げてスイッチをひねると再び音量が跳ねあがり、車全体が重低音に震えはじめた。

だが、今度は二秒と持たなかった。音楽がまたもや消えてしまったのである。

意地になってボリュームをあげる。やはり音が低くなる。あげる。低くなる。あげる。低くなる……追いかけっこじみた攻防が、何度か続いた。

「くそっ……なんなんだよッ。このアホタレ車がッ」

苛立ちにまかせ、ハンドルを殴りつけてクラクションを長々と鳴らす。

途端、車体が、がくんっ、と大きく上下してスピードが急激に落ちた。石ころだらけの道を走っているような振動に、慌ててブレーキを踏む。

なにがおこったか理解できぬまま車外へ飛びだしたと同時に、竹本君は膝をついた。

「……なんでよ」

タイヤが、四本ともパンクしていた。

「当然、ドライブもホテルも中止。彼女は呆れて、半月ほど連絡をくれませんでした」

数日後、彼は馴染みの修理業者から「あの車、いったいどこを走ったね」と電話を貰もらう。

「四本とも内側から破裂したみたいな状態だったわ。もしもスピードをだしとったら、大怪我しとったがね。ほんね運が良い。神有月やから、神さまが守ってくれたんだわや」

「その神さまに叱られたんです」とは言えず、苦笑するばかりであったそうだ。

現在、彼はそのときの彼女と結婚し、幸福な家庭を築いている。

ちなみに、自慢の改造車はあの後すぐに売却し、現在は音の静かなエコカーを愛用しているそうだ。

【お忌みさん】

出雲では、旧暦の十月に八百万の神々が集い、農業や縁結びなどを話し合う「神議」がおこなわれるという伝承がある。このため、他の地域では神々が留守にする十月を「神無月」と呼ぶのに対し、出雲では「神有月」と呼ばれている。

集まった神々を迎え祀る神事「神在祭」は、「お忌みさん」なる別名を有している。「お忌み」と呼ばれる期間は歌舞音曲や喧騒をともなう行動が禁忌とされ、かつては爪や髪を切ることすら物忌みとして控えられてきたという。

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