とどろき波の音(静岡県) | コワイハナシ47

とどろき波の音(静岡県)

ある秋の夜更け、静香さんは同僚の女性と駅までの路を歩いていた。

「ね、もうそろそろ元気だしなよ」

同僚が、何度目かのおなじ台詞を口にする。「ありがとう」と言おうとしたものの、ため息か涙がこぼれそうな気がして、言葉は声にならなかった。

四年交際した彼との婚約破棄。その直後に判明した、得意先のひとり娘との結婚。

ドラマのような展開が我が身に降りかかるとは思ってもいなかった。テレビの向こうで起こっていたときには「馬鹿な女だなあ」と笑っていたはずなのに、いざ当事者になってみると、心はあっさりと壊れた。

食事も睡眠も呼吸も、すべてがわずらわしかった。「消えてしまいたい」という思いは、いつしか「消えよう」から「死のう」へと、ゆるやかに変わっていた。

そんな思惑を察したのかどうか、その日、同僚は半ば強引に「飲もうよ」と静香さんを誘ってくれたのである。

心遣いがなおさら申し訳なかった。自分みたいな人間のために時間を割き、心を砕いてくれている……その事実が居たたまれなかった。

やはり、私のような人間は生きていても迷惑ばかりかけてしまうのだ。

彼女とホームで別れたら、そのまま線路に飛びこもう。しばらくは彼女もほかの同僚も両親も悲しむかもしれないけれど、時が過ぎれば、みんな「正しい選択だった」と解ってくれるはずだ。

そうしよう。今夜、死のう。

悟られぬように笑みを浮かべながら、彼女は歩き続けた。

駅まで二、三分というあたりに差しかかった、その直後だった。

「え、なにこれ」

同僚が突然立ちどまり、耳を澄ませた。

「風かな、雷かな。それとも地震かな」

つられて虚空を見あげる。途端、息が止まりそうになった。

どうどうどうどうどう、どうどうどうどうどう。

地鳴りを思わせる、重いとどろき。耳許で布が風にはためいているような、低い響き。

憶えがあった。

高校までの十八年を暮らした故郷、遠く離れた御前崎で幾度となく聞いた音だった。

ふるさとの音だ。

悲しいことも辛つらいこともすべて受けとめてくれた、故郷の海鳴りだ。

気がついたときには、頰が濡れていた。音はいつのまにか、止んでいたという。

「大丈夫?また具合悪くなっちゃった?」

夜空を見あげている静香さんへ同僚が訊ねる。

「心配せんで、良いで」

無意識にこぼれた訛りに、思わず微笑んだ。

「それからすぐ退職して地元に帰って、良い人と会って……夢みたいです。いまの自分も、あの夜の波音も」

海鳴りを聞くたびに、あの日の夜空を思いだすんですよ。

静香さんはやさしく微笑んでから、傍らで遊ぶ我が子を抱きなおした。

【波小僧】

御前崎市から浜松市、湖西市へと続く遠州灘一帯で起こる海鳴りの俗称。地響きに似た波音は「雷三里、波七里(または波千里)」といわれるほど大きく、また聞こえる方角や音の高低で天候が解るとされている。言い伝えでは、漁師の網に引っかかった波小僧という妖怪が「助けてくれたなら波の音で天気を知らせます」と約束して解放され、それ以来このような音になったのだという。波小僧は「遠州七不思議」のひとつに数えられており、環境庁の「残したい日本の音風景百選」にも選ばれている。また、同県浜松市には同様の逸話を持つ「浪小僧」の話も伝わっている。

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