うしにはうしで(岡山県) | コワイハナシ47

うしにはうしで(岡山県)

「きっかけは単純というか、安直というか」

そう語るのは牛込さん。苗字も趣味もすこしばかり変わった、四十代の男性である。

「そうなんです、自分の苗字、《牛》って字が入っているんですよ。珍しいでしょ。なので、どうせなら牛にちなんだ寺社仏閣の参詣を趣味にしようと思ったわけです」

各地の天満宮や八坂神社、湯殿山の撫で牛に牛頭天王を祀っている寺院……すこしでも牛に関連があると聞けば、彼は全国津々浦々どこへでも飛んでいったそうだ。ちなみに、奥さまには現在でも内緒なのだという。

「告白したが最後、〝そんな暇と金があるならどこか連れていってよッ〟と、叱られるに決まっていますからね」

そんなわけで、その日も彼は独り、岡山県の神社を訪問していたのである。

倉敷から電車に揺られることおよそ一時間。のどかな山あいに、その神社はあった。

「田倉牛神社。知る人ぞ知る、牛マニアの聖地です」

参道入口に立てられた鳥居脇には、巨大な牛の像が鎮座している。一見、牛にちなんだ神社によくある像だとばかり思っていた牛込さんは、記念写真でも撮ろうと近づくなり、思わず仰け反ってしまった。

「像の周囲に、ちいさな牛の素焼きがびっしり敷き詰められていたんです。百や二百ではきかない数でした。情報は知っていたんですが、見ると聞くとは大違い。圧倒されました」

興奮冷めやらぬまま石段をのぼった彼は、さらに驚く羽目になる。

境内の中央に、石が小山を作っていたのである。石の正体は、先ほど目撃した素焼きの牛である。百どころではない。千、万。もしかしたらそれ以上の数の牛が積み重なっている。崩落を防ぐためか、牛山は檻おりに四方を囲まれていた。それが、なおいっそう風景を奇妙なものに仕立てあげていたと、牛込さんは語る。

「虫とか小動物でも、大群ってちょっと異様じゃないですか。あれに近い恐怖でしたよ。人形そのものは、丸っこくて可愛らしいんですけどね」

驚愕のままにしげしげと無数の牛の山を眺めていた牛込さんは、ふと、よからぬ考えを抱いてしまった。

この牛……お土産に持って帰ろうかな。

参道脇には素焼きの牛の無人販売所が設置されていた。だが幸か不幸か、彼はそのとき小銭を用意していなかったのだという。

人形は欲しいが、料金入れに高額の紙幣を投入するのはさすがに惜しい。おそるおそるあたりを確かめれば、境内に自分以外の姿は見あたらなかった。

これだけあるんだもの。一、二体くらい良いよね。

鉄柵の隙間から手を伸ばし、すばやく数体の素焼きを摑んでポケットへ捩じこむ。

よし、もうこの神社に用はない。退散だ。

小走りで石段をおりる。さすがにすこしばかり気がとがめ、牛込さんは鳥居を抜ける直前でくるりと振りむいた。

大切に、しますからね。

境内にむかって合掌する。同時に、ポケットのなかで携帯電話が激しく震えた。

慌てて取りだしてみれば、画面には自宅の番号が表示されている。

「もしもし、アタシだけど」

電話は妻からだった。だが、その口ぶりがなにやらおかしい。

「あのさ、出張なんだよね。変なこと、してないよね」

どきりとした。言葉の意味を判じかねたまま、「べ、別に。どうして」と取り繕う。

「……なにもないんだったら良いんだけど。あのさ、赤い牛ちゃんあるじゃん」

意味不明の言葉に戸惑う。しばらく考えてから、妻が言わんとしているのが、以前東北で購入してきた首を振る玩具の《赤べこ》を指しているのだと気がついた。

「赤い牛って、あのサイドボードに飾ってあるやつでしょ。それがいったい……」

「落ちたの。なにもしていないのに首がブチッって、ちぎれたのよ」

牛込さんは電話を切るなり境内へダッシュで戻ると、素焼きの牛をもとの場所へ返した。

販売所には、千円札を三枚ねじこんできたという。

「大枚をはたいた結果なのか、その後はなにも起きていません。ただ、それ以降は寺社を訪ねた際、賽銭をはずむように心がけています。おかげで、ただでさえすくない小遣いが、ますます寂しくなっていますよ」

そろそろご利益があっても良いと思うんだけどなあ。

牛込さんは、がっくりと項垂れて苦笑した。

【田倉牛神社】

岡山県備前市にある神社。かつては牛頭天王を祀っており、のちに岡山藩が牛の飼育を奨励したことにより、牛馬の健康・平癒を祈願するようになったという。鳥居がありながら社殿が存在しないという、珍しい造りである。参拝者は境内で備前焼の牛の像を購入し、巨大な牛の像が置かれた神座へ供えてから別の牛を持ち帰る。大願成就の際はその一体を再び供えるのである。神座の周囲は現在、およそ二十万体の備前焼の牛で埋め尽くされているという。なお、与えられた以外の牛を無断で持ち帰る行為はかたく禁じられている。

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