木の岡レイクサイド幽霊ビル(滋賀県) | コワイハナシ47

木の岡レイクサイド幽霊ビル(滋賀県)

二十一世紀を迎える前年、西野さんは滋賀県大津市への転勤を命じられた。

「単純に嬉しかったですよ。当時はまだ独身でしたからね、〝これで趣味のドライブが満喫できるなあ〟なんて、のほほんと喜んでいました」

新しい勤務地の大津市には日本一の大きさをほこる琵琶湖こがあり、その周囲をぐるりと囲む自動車道路がとおっていた。そこをチューンナップした愛車で走ってみたいと、西野さんはつねづね考えていたのだそうだ。

「なんかカッコいいじゃないですか。夜景が反射した水面を横目に、アクセルを踏み続ける。想像しただけでワクワクが止まりませんでしたね」

ようやく仕事に慣れはじめた四月のおわり、彼は満を持してドライブを決行する。

湖畔沿いの公園をスタートしたのは午後十一時。しばらくは夜の湖を横目に車を走らせていたが、そのうち、妙なことになってきたのだという。

「湖に近づこうと右折や左折を繰りかえしていたら、一方通行だの迂回路だのに先導されて、どんどん見当はずれの方向に行っちゃって。まあ……要は迷子になったんですよ」

もともと大津市は城下町であり、昔ながらの細い路地が数多く残っている。それをすっかり勘定に入れていなかった彼は、文字どおり「右往左往」する羽目になってしまったのである。

気づけば、出発してから二時間以上が経っていた。このままでは町のなかをウロウロしているうちに夜が明けてしまう。それでは面白くもなんともない。

ひとまず国道に出るか。そうすれば湖の位置も解るだろう。

おおよその方角を確かめて、再び湖畔を目ざす。

狭い道と格闘すること、およそ三十分。ようやく国道とおぼしき大きな道路を発見して安堵の息を漏らす。

その直後だった。

「うわ」

ヘッドライトの光の彼方、国道のかたわらに巨大な建造物が浮かびあがった。思わず車を停めて、西野さんは突如目の前に出現した建物を呆然と眺めた。

横いっぱいに広がったコンクリートの無機質な外壁が、城壁よろしく行く手を阻むようにそびえている。照らされた窓はガラスがすべて割れており、ぽっかりと黒い口を開けていた。

ビルなのか、それとも団地なのかホテルなのか。まさかこんな市街地でダムの水門ということもないだろうが。

正体こそ明瞭はつきりしないものの、一見したかぎり廃墟であるのは明白だった。

「がらんとした佇まいが巨人の骸骨みたいでしてね。その虚ろなさまを見ていたらなんだか寒気をおぼえちゃいまして。とてもじゃないけど、ドライブを続ける気にはなれませんでした」

もしも有名な廃墟だったら、昼間にカメラを持ってまた来てみよう。

心のなかで決意すると、彼は再びエンジンをかけて車をUターンさせた。

「や、なんだか廃墟の脇を通過するのが躊躇れたんですよね。闇に浮かぶビルが視界から消える距離まで、バックミラーも覘ないようにしていました」

夜の、ほんのすこし奇妙なひとコマのはずだった。

ところが、事態は翌日になって意外な展開を見せる。

「上司に昨夜の出来事を話したら〝そんなものはない〟って言うんです」

西野さんの話からおおよその位置を推察した上司は「そこらへんに、どいかい(大きいの意味)建物なんかおまへんけど」と首を傾げた。

「寝ぼけたんと違うの」

「や、運転中ですって。それに、あんな強烈な印象のビル、見間違えたりしませんって。不気味で、まるでお化けでも出そうな……」

と、熱弁をふるっていたその最中、「お化け」という単語がでたと同時に、上司が「あ」と大声をあげた。

「もしかしたらソレ、幽霊ビルかもしれへんぞ」

「ゆうれい……びる」

「せや、確かにあのへん、放置されたビルがえらい長いあいだ建ってたわ。でも、ずいぶん前に解体されたはずやけどなあ」

おまえ、なに見たん。

上司の問いにも、「さあ」と答えるのが精いっぱいであったそうだ。

「……後日、改めてその場所へ行ってみたんですが、広々とした公園があるだけでした。もしかして、私が見たのは《幽霊ビルの幽霊》なんでしょうか。アレ、なんなんでしょうか」

独り言めいた質問にも、私は彼同様「さあ」と、首を捻ひねるよりほかなかった。

【木の岡レイクサイドビル】

滋賀県大津市、琵琶湖湖畔にあった廃ホテル。一九六八年、大阪万博の来場客をあてこんだ業者が観光ホテルとして着工したものの資金難により工事が中断、二十年以上にわたり放置されていた。その風貌から、通称「幽霊ビル」「幽霊ホテル」などと呼ばれていたが、一九九二年、日本ではきわめて例の少ないダイナマイトによる爆破によって解体された。当日は爆破の瞬間を見ようと、およそ四万人もの観衆が訪れたという。解体後は観光ホテルが建つ予定であったものの計画が二転三転し、現在は比叡辻臨水公園として生まれ変わっている。

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