マニアの反省(兵庫県) | コワイハナシ47

マニアの反省(兵庫県)

今年のはじめ、私はKさんという男性から一年ぶりに連絡をもらった。

Kさんは全国の首塚を訪ねてまわる、自称《首塚マニア》である。そんな彼の体験した出来事は、前作『全国怪談オトリヨセ』に「マニアの改心」という題で掲載されている。

「ちょっとスゴい目に遭いましてね、これはもうお知らせしなきゃと思ったんですよ」

電話口から届く彼の声は、これまでになく弾んでいる。首塚で怪異に遭遇し、てっきり改心したかと思いきや、マニアというのはなかなかどうして業が深いようだ。

以下は、そんなKさん改め、桂木さんの身に起こった出来事である。

昨年、彼は何度目かの西日本遠征へ出かけたのだという。

「ここ数年は東日本を中心にまわっていましたからね。満を持しての関西上陸でした」

目的地は、兵庫県のF港沿いにある島。桂木さんによれば、この島には平家の武将、平敦盛の首塚があるのだそうだ。

「平家の首塚といったら、将門つながりの高物件ですからね。要チェックですよ」

ところが現地に着くなり、桂木さんはおおいに落胆してしまった。

島へ渡る手段がないのである。

「地元の人は口を揃えて〝島に入るのは禁忌だから〟と言うんです。お金を払えば誰か船に乗せてくれるだろうと楽観視していたんですが、みんな首塚を怖がっちゃって」

交渉すること十数名。ようやく「近くまで行くだけなら」という条件で、彼は一隻の漁船をチャーターすることができた。

「内心では、〝海に出てしまえばこっちのもんだ〟と思っていました」

島は、港から一キロほどの距離に浮かんでいた。

緑に覆われた島の外周を取り巻くように、ごつごつと岩だらけの浜辺が輪を作っている。その浜の一角に、白い鳥居が見えた。

「あっ、あれだ。きっとあそこが首塚だ」

興奮する桂木さんとは対照的に、老いた船頭は「のう、早う去なんと」と繰りかえすばかりで、よほど恐れているのか鳥居を見ようともしない。

「ちょっと、お爺さん。もうすこしだけ岸に近づけてくださいよ。ここからじゃ、望遠で撮ってもゴマ粒程度にしか写りませんって」

「お前はん、なんぬかっしよんな。約束と違われぃ」

渋面を崩さぬ船頭を説得し、桂木さんは、じわり、じわりと島に接近した。しかし、浜辺から十数メートルの距離に差しかかった途端、船はぴたりと停まってしまう。

「ここが限界だわ。さ、戻ろうや。頼んましょ」

相変わらず目を逸そらしたまま、船頭が呟く。

「いやいや、ここまで来たなら上陸しても良いじゃないですか。お願いしますよ。ね、ね。二、三枚写真を撮ったら、すぐに終わりますから」

手を擦りあわせて懇願するも、船頭は無言のままでこちらに背を向けている。

なんとか彼を振り向かせようと近づいた、数秒後だった。

「は」

船頭の白髪をたくわえた後頭部が、わさわさと揺れている。

風になびいている動きではない。そもそも風など吹いてはいなかった。

驚く彼の前で、白髪を搔きわけて《顔の破片》がこちらを覗いた。

ちょろちょろとはみだした長髪。めくれあがった黄土色の皮膚。葡萄の皮に似た水分のない眼が、桂木さんをまっすぐ睨んでいる。

思わずカメラを舟底へ、がたん、と落とす。

その音が合図であったかのように、傷だらけの顔は再び白髪のなかへ沈んでいった。

示しあわせたように、船頭が振りかえる。

「べっちゃない(大丈夫)け。お前はん、惚けとるけど。まるで、おっちょい(恐ろしい)目に遭おうたみたいなツラぁして」

「……帰り、ましょうか」

彼は上陸を諦め、港へ戻った。

「いやあ、ここしばらくは殊勝にしていたつもりだったんですが、やっぱり夢中になると駄目ですね。初心にかえろうと反省しました。あっはっはっは」

あっけらかんと笑う桂木さんを見ながら、「本当は反省してないですよね」という言葉をぐっと飲みこんで、私は微笑みをかえした。

【煙島】

兵庫県南あわじ市、福良港の沖に浮かぶ島。その名は、一ノ谷の合戦で義経の軍に首を刎ねられた平敦盛に由来する。敦盛の首は父、経盛へと届けられ、息子の死を嘆いた経盛はこの島で首を荼毘に付した。その際たちのぼった煙にちなみ、煙島と呼ばれるようになったのだという。島内にある厳島神社には、敦盛の首塚とされる石製の祠が祀られているが、「みだりに触れると障りがある」と、付近では言い伝えられているそうだ。なお、煙島は現在無人島であり、一般の人間が無断で立ち入ることはできない。

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