猿の警告(三重県) | コワイハナシ47

猿の警告(三重県)

那奈さんの机には、《猿はじき》という、彼女の郷里である三重の民芸品が飾られている。《猿はじき》は細い棒に猿を象った人形がしがみついており、竹製のバネを弾くと反動で人形が棒をよじのぼって、振動で棒についた鈴が鳴る仕組みになっているのだという。厄を弾き去る、つまりは語呂合わせの縁起物である。

「実家のある桑名市のお寺で大祭のときに販売するんですが……ウチの実家では神棚に祀っています。〝宗旨が違うでしょ〟と何度言っても、父が聞かなくて」

お父さんがそこまで民芸品を丁重に扱うのには、理由がある。

六年前の朝、登校の準備に追われていた那奈さんを、母が呼び止めた。

「ねえ、あれ……どういうことかしら」

母に促されるまま玄関まで足を運ぶと、靴箱の上に置かれた《猿はじき》が、びよん、びよん、と跳ねあがり、鈴を細かく鳴らしていた。

《猿はじき》は前述のとおり、指でバネを弾いて動かす仕組みである。構造から考えて、ひとりでに動くなど有り得なかった。

ためしに指で押さえてみたが、猿はいっかな止まる気配がない。それどころかますます動きを激しくさせ、ついにはぶら下がっている鈴が落ちてしまった。

「これ……なにかの知らせじゃないかと思って」

「知らせって、いったいなにの。家族に厄があるっていうの」

那奈さんの言葉に、母は「ちょっと、お父さんにも知らせなきゃ」と、一時間ほど前に出勤したばかりの父へ電話をかけはじめた。

「ちょっとお母さんてば止めなよ。お父さん運転してるんだから、かえって迷惑……」

言い終わらぬうちに、母が「お父さんッ、どうしたのッ」と叫んだ。

驚いて那奈さんが見守るなか、母は二言三言父と会話を交わしてから電話を切るなり、再びボタンを押しはじめた。

「もしもし、救急車をお願いします。主人が通勤中に具合が悪くなって。場所は……」

二度目の電話を終えるや、母は保険証や着替えを手早く用意すると、「お母さんね、たぶん病院に行かなきゃいけなくなったかも」と告げた。

「あの日、父は通勤中に急激な疲労感に襲われたんだそうです。動けぬままなんとか車を路肩へ停め、喘いでいるところに母から電話があったんですよ」

担ぎこまれた病院での診断は、脳梗塞。担当医師からは「あと十五分連絡が遅かったら、助からなかったでしょうね」と言われたそうだ。

「幸い後遺症もほとんどなく、いまはすっかり元気になりました。ただ、それ以来〝あの猿はじきが命の恩人だ〟と、神棚に祀るようになって……母は〝命の恩人は、猿はじきの異変に気づいた私でしょうが〟なんて怒っていますけどね」

そんなご利益にあやかろうと、那奈さんは就職のために実家を離れる際、《猿はじき》を新たに買い求め、新居の机に飾った。

その《猿はじき》は半月ほど前、鈴も竹のバネもすべてバラバラになっているところを、帰宅した彼女によって発見されている。彼女の記憶によれば、出かけるときにはまったく異変などなかったらしい。

「その日は会社を早退し、産婦人科で妊娠を告げられての帰宅だったんです。お腹の子の厄を弾いてくれたんだ、悪いことが起こる予兆なんかじゃないんだ……そう信じるように努めていますが、もしも別な意味があるとしたら……正直、予定日が不安です」

そっと腹部に手をあてて、那奈さんは俯いた。

出産は、間もなくである。

【猿はじき】

三重県桑名市に伝わる、県指定伝統工芸品の郷土玩具。竹棒に赤い布で作った「くくり猿」とバネの役割を果たす竹弓をとおし、弓を弾くことで「くくり猿」が棒をよじのぼり、先端に取りつけられた鈴や紙製の太鼓が鳴る仕組みになっている。「厄を弾き去る」という語呂合わせから厄除けのお守りとして親しまれており、松阪市では岡寺山継松寺で縁起玩具として販売されている。桑名市の「多度の弾き猿」は、多度大社でおこなわれる流鏑馬の的を模して、太鼓の中央に黒丸が書かれている。同様の民芸品は猿にゆかりのある東京柴又の帝釈天や、宮城の唐桑地方にも受け継がれている。

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