高野山詣あの坂くだれば(和歌山県) | コワイハナシ47

高野山詣あの坂くだれば(和歌山県)

高野山詣は、三千代の悲願だった。

大学時代の同窓生と「いつか行こうね」と約束したのは、何年前だっただろうか。娘が中学校に入った直後だから、四十の坂さえずいぶんと遠かったころのはずだ。きっかけはたまたまふたりで眺めた旅行雑誌かなにかであったように憶えている。

「ふたりで、孫が生まれる前に行こうよ」

指切りを交わしてから幾年月、還暦に手が届く年になって、ようやく憧れの地を訪れることができた。あのとき約束した友人は、二年前に膵臓がんで亡くなっている。

本当にごめんね。お見舞いにも行けなくて。

金剛峰寺の朱色に染まった伽藍へ合掌しながら、亡き友へ語りかける。

一緒に来たかったけど……お義母さんが、なかなか死ななくてね。

呟やいた途端、友人の笑みを押しのけるように義母の憤った顔が脳裏に浮かび、三千代は慌てて目を開けた。

同居していた義母は「虚弱なくせに頑強な人」だった。

もとより意固地で皮肉屋の姑然とした人物であったが、脳溢血で倒れて半身が不自由になってからはその傾向に拍車がかかった。否、歯止めが利かなくなったというのが正しいかもしれない。食事がまずい、掃除機の音がうるさい、風呂の湯の温度がぬるい……思うように動けぬ苛立だちは、すべて小言となって三千代にぶつけられた。やがて小言は罵声に変わり、間もなく、まるで支離滅裂な絶叫を繰りかえすようになった。

「これはおかしい」と気がついたときには、すでに痴ほうの症状がかなり進行していた。

朝食を山ほど食べた直後に空腹を訴え、勝手に冷蔵庫を漁る。友人と電話をしていると「自分の悪口を言っているのだ」と思いこみ、腹いせに三千代の化粧品やアクセサリーをゴミ袋へ捨てる。たびたび粗相をするようになり──それでも恥ずかしいという感情は残っているのか──汚れた下着を三千代の衣装簞笥に隠す……それらを咎められると、きまって義母は暴れた。三千代をなじりながら手足をふりまわし、押さえつけようとする頰や腕を引っ搔かいて抵抗した。半ば寝たきりの老人のどこにこんな力が残っていたのかと、三千代は何度となく驚かされた。

不思議と義母は、息子である夫の前ではおとなしかった。不在時の騒乱を知らぬ夫は「養護施設に入居させたい」という三千代の意見に、まるで耳を貸そうとはしなかった。

「おふくろだってそう長くはないさ。息子だもの、見ていりゃ解るよ」

あのときの夫の言葉をなぜ信じたのか、いまでも三千代は自分を張り飛ばしたくなる。

義母は結局、それから十七年生きた。

最後の一、二年こそ眠りっぱなしであったが、たまに目を覚ますと獣のように暴れた。自分の名前が解らなくなり、息子や嫁の存在がおぼろげになっても、三千代は義母にとって《敵》だった。すべての怒りや苛立ちをぶつけるサンドバッグだった。

ふと、最期に義母の漏らした言葉がよみがえる。呼吸が弱々しくなり、視線もうつろな彼女の手を握りしめた瞬間、義母は上体をむくりと起こし、三千代に囁いたのだ。

「ひとりでは、いかれん。あんたも、きてぇ」

入浴や排泄の介助の際、いつも口にしていた台詞を残して、義母は逝ったのである。

掠れた声を思いだしながら、三千代は金剛峰寺の拝殿前に立ち尽くしていた。ここまで来たのだから、義母の冥福を祈って手を合わせるべきなのだろう。妻として、義理の娘としての役割を果たすべきなのだろう。

だが、どうしてもできなかった。赦すべきだと知っているのに、許せなかった。

「ひとりで、逝ってください」

ようやく言葉を絞りだして、瞑目する。

奥の院を参拝し終えて中の橋を渡るころには、すでに午後もずいぶんと過ぎていた。

密厳堂へ向かう道は、幅の広い石段が設けられた緩やかな坂になっており、両脇の木立もあいまって、如何いかにも霊山といった風情である。

ふと、傍らをとおり過ぎたツアーガイドが、団体客へ説明をはじめた。

「この坂は覚かく鑁ばん坂ざかと呼ばれております。先ほど渡りました中の橋よりこちらは川を隔てて向こうの世界、つまりあの世と繫がっているとされています。その所為でしょうか、この坂で転ぶと三年以内に死んでしまうという、恐ろしい謂われが伝わっております。皆さまも、どうかお足許に……」

解説に盛りあがる一団をやり過ごしながら、三千代は坂の向こうを眺めた。

ここをくだった先があの世なら、待っているのは地獄なのか、極楽なのか。旅立った友はいるだろうか。私に会いたがっているだろうか。

もっともそこがどちらであれ、義母とおなじ場所に行くのだけは御免被りたい。仮に極楽であったとしても、あの人とともに過ごすのは地獄だ。あの人のいる場所が地獄だ。

ぼんやりと考えながら、足を踏みだす。

坂の半ばを過ぎたあたりだった。突然背中を誰かに押され、三千代は前につんのめった。慌てて体勢を立て直そうとしたが間に合わない。肘と膝を石段へしたたかに打ちつけて、その場に転倒した。

痛みをこらえながら、ゆるゆると後ろを振りかえる。

背後は無人だった。

ふと、背中に触れた感触を思いだす。骨張った指、べたりと湿った掌。あれはたしかに義母のそれではなかったか。

あんたも、きてぇ。

嗄がれた声が、木立を揺らす風のなかに聞こえたような気がした。

先ほど耳にした解説が本当であれば、自分は遠からず向こうへ逝くのか。

呼んでいるのか。待っているのか。

その場に膝をついたまま、三千代は長いこと動けなかった。くだるよりほかに道のない、暗くなりはじめた坂を、いつまでも見つめ続けていた。

その日から、間もなく三年になる。

【高野山】

和歌山県北部にある山々の総称にして、仏教における聖地である高野山には、本稿に登場した「覚鑁坂」のほかにも、淵に身を投げた子供の幽霊があらわれるという「ゆうれい坂」や丑の刻参りに由来するという「カミソリ坂」など、怪談めいた謂れのある坂も多い。

また、なかを覗いて自分の顔が映らなければ三年以内に死ぬとされる「姿見の井戸」、悪人には地獄の釜の音が聞こえるという「上智善尼の墓石」、『雨月物語』に登場する「灯籠堂」なども残されている。

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