おんなごころ 大念仏寺(大阪市平野区) | コワイハナシ47

おんなごころ 大念仏寺(大阪市平野区)

ある年の、夏の盛りの出来事である。

その日、NPO職員の三浦さんは大阪市の平野区へ向かっていた。

彼の所属するNPO団体は、養蚕や綿業などの資料作成を目的に設立されている。その日の訪問も、かつて紡績が盛んであったH区を調査するためのものであったそうだ。

「過去に紡績工場で働いておられた女性のお宅へ、聞き取りにうかがう予定でした。ところが私、待ち合わせの時刻より早く到着してしまったんです。ファミレスかどこかで時間を潰つぶしても良かったんですが、はじめての町なもんで、興味が湧いちゃって」

どうせなら、ちょっと散歩でもしてみるか。

蟬時雨のなか、彼は町を歩きはじめた。

車の往来が激しい国道を脇にそれると、昔ながらの住宅街が姿を見せた。

細い路地、木造の家々。瓦屋根が彼方まで幾重にも折り重なっている風景は、はじめて訪れた町とは思えない懐かしさに満ちていたそうだ。

カミさんができたら、こんなところで暮らすのも悪くないかもな。

そんな空想にふけりながら、寺とおぼしき長い塀を横目に歩いていた、そのときだった。

「もし」

突然、背後から声が聞こえた。

振りむくと、着物姿の女が長い塀にぴたりと寄り添ったままこちらへ頭を下げている。

顔には黒髪がばさばさとかかっており、その表情はうかがえない。やや色褪あせた朱色の着物には三つ巴の紋や梅の花など、とりどりの刺繡がほどこされている。

「寺の、門は、どちらで」

女はおもてをあげぬまま、歌うような細い声で言葉を続けた。どうやら塀向こうにある寺院の入口を探しているらしいと知れた。

「すいません。私も余所から来たもので……このあたりは詳しくないんですよ」

たたずまいにやや怯みつつ、道が解らぬ旨を詫わびる。だが声が聞こえていないのか、女は「寺の、門、どちらで」と、おなじ台詞を繰りかえした。

「あの、ですから私ね」

焦れるあまり女のもとへ歩み寄ろうとした瞬間、三浦さんは「おや」と思った。

影が、おかしい。

燦々と陽が照っているにもかかわらず、女はまるで曇天の下に立っているかのように、陰影がない。その所為か、女の周囲だけが翳っている。

そういえば、着物を召しているのにどうして髪を結わえていないのか。そもそも着物が夏用のそれには見えないし、法事にせよ参拝にせよ寺へ着ていくには色柄が鮮やかすぎる。

数多あまたの疑問がかけめぐり、思わず口を噤む。ワイシャツの下を流れる汗が一気に冷えた。

俯うつむいたままの女から二、三歩あとずさると、三浦さんは小走りでその場を離れた。

百メートルほど過ぎてから振りかえると、その姿はどこにもなかったという。

「一本道ですから、どこかに隠れたならすぐ解るはずなんです。改めてぞっとしちゃって、国道へ一目散に逃げました……それがね」

話はここで終わらないんですよ。

それからおよそ一時間後、彼は取材先である女性の家を訪ねていた。

「聞き取り調査はなにごともなく終わったんですが……そのあとに、お茶を飲みながら世間話をしていたんです」

ふいに先ほどの出来事を思いだした三浦さんは、否定してほしいという気持ち半ばに、女性へすべてを語ってきかせたのだという。

ところが。

「ああ、それは大念仏さんとこの、お化けちゃいますか」

女性は、こともなげに言った。

「あそこのお寺さん、年にいっぺん幽霊の残した着物の袖を展示してますねん。ですから、その人と違いますかしらん」

あっけらかんとした説明に驚きつつ、三浦さんはふと疑問をおぼえて女性に問いかけた。

「でも……ああやって出てくるってことは、成仏してないんじゃないんですか。この世にまだ怨みか未練があるんじゃないですか」

その言葉に、皺だらけの顔をいっそうくちゃくちゃにして女性が笑う。

「あんた、野暮やね。袖だけとはいえ、自分の着物をぎょうさんの人が見学するんでしょ。そら地獄だろうが極楽だろうが、気になって様子くらい見に来ますわ」

女いうんは、そういうもんです。

あまりにきっぱりと断言するその姿に、ただただ頷くしかできなかったそうだ。

「あれから数年が経ちましたけどね。野暮がなおらない所為か、いまだに独り者ですよ。いやあ、生きていようが亡くなっていようが、女心は難しいですなあ」

三浦さんは、力なく笑って話を終えた。

【大念仏寺】

大阪市平野区にある融通念仏宗の総本山。天台宗の僧・良忍上人が根本道場として開創した、日本最初の念仏道場である。大念仏寺には寺宝として「亡女の片袖と香盒」が伝わっている。一六一七年、箱根を旅していた男のもとへ女があらわれ、「自分は旅の途中に命を落とし、地獄で苦しんでいる。大念仏寺で供養をしていただけるよう夫に伝えてほしい」と、小袖の片袖と香盒を渡すや消えてしまった。男は夫を探しだしてすべてを伝え、その後片袖と香盒は大念仏寺に奉納されたという。ふたつの品は現在、八月の第四日曜日に大念仏寺で催される「幽霊博物館」においてのみ、多数の幽霊画とともに公開されているそうだ。

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