続・トンネルに居るもの 東山トンネル(京都府) | コワイハナシ47

続・トンネルに居るもの 東山トンネル(京都府)

何ヶ月か前、大学時代の先輩である立川さんから私のもとへ、およそ十年ぶりに電話がかかってきた。

「きみ、間違っとるで。あんなんは、ただの穴や」

開口一番、京都訛りで彼は叫んだ。宇治市の出身なのである。

あいかわらず過程を飛ばして結論だけを言う人だな……そんなことを考えながらじっと話を聞くうち、彼はKトンネルを批判しているのだと理解できた。

Kトンネルとは、前作『全国怪談オトリヨセ』に記した、京都某所にある隧道である。昭和の昔から数多の怪異譚が伝わっており、私の手許にも幾つかの食指が動く体験談が届いていたため、この際とばかりにまとめて掲載したのである。しかし、立川先輩はどうやらその話を読み、「本当に怖いのはそこではない」と憤ったらしい。

トンネルに居るもの

「京都のナンバーワンは東山トンネルやぞ。Kトンネルは二番手、セカンド、銀メダルや。俺も、俺の弟もすさまじい体験してんねんから。教えたる」

果たして怪異に一位や二位があるものだろうかと思いつつ、私は彼の言葉に耳を傾けた。

二年ほど前の、深夜であったという。

先輩は京都市内の勤め先から宇治市の自宅へ向かって、ロードバイクを走らせていた。

国道一号線の急勾配をのぼっていくと、やがて目の前に大きなトンネルが姿を見せる。もっともこちらは自動車用のトンネルで、歩行者や自転車はその脇にぽつんと口を開けた東山トンネルを通行するのである。

先輩はこの東山トンネルがあまり好きではなかった。

距離自体はさして長くないのだが、その狭さと薄暗さがなんとも不気味で、毎回ペダルを漕ぐ足が速まってしまうのだという。

「特にその日は、勤務先で〝あそこのトンネル、首なしライダーの噂があるんや〟なんて聞かされた直後でな、いろいろ要らんこと考えながら走ってたんよ」

黄緑色の照明が点々と続くなかを黙々と進む。分厚いコンクリートのあちこちから水が滴っており、壁のはしばしに黒ずんだ筋を作っている。雨だろうか、それとも山から染みだした地下水だろうか。ふいに、この山の上に墓地があることを思いだして気が滅め入いった。

アホくさ、首なしライダーなんかおるかいな。

第一、首なかったら前に進まれへんやん。

と、誰にともなく文句をぶつけながら走っていた、その最中。

「いッ」

先輩の真横をフルフェイスヘルメットが、無音ですり抜けていった。ヘルメットからは、パック詰めのバラ肉を思わせる首の断片が覗いていたという。

「ちょうどバイク乗ってるくらいの高さを、すうっ、とな。赤い紐みたいなきれはしが、ひらひらっ、と見えてたわ」

身を強張らせる立川さんを置き去りに、ヘルメットは出口の先の闇に消えていった。

「出口で待っているのでは」と、トンネルを抜けようかどうか非道く悩んだそうだ。

「な、せやから噂はウソ。〝首なしライダー〟やなしに〝首だけライダー〟やねん」

先輩の弟さん、ヒロヤ君の体験はさらに強烈である。

一年前の夜、弟さんは自宅までの道をてくてくと歩いていた。

友人と駅前のつけ麵屋を訪ねての帰り道であったという。

やがて彼も兄とおなじく、東山トンネルの手前へ差しかかった。数メートル先で、入口がでらでらと鈍く光っている。その灯りを目にした途端、弟さんは兄が遭遇した《首だけライダー》の話を思いだしてしまったのだそうだ。

あのクソ兄貴、要らんこと教えやがって。しかもこっちは徒歩やぞ。

前を見ないよう俯きながら、小走りで前進する。

靴音、水音、隣接の自動車道から届く排気音。すべてが混ざりあい読経のように反響するなかを彼は歩き続けた。こんなときにかぎって、音楽プレイヤー代わりの携帯電話は電池が切れていた。

ふと、視界に黒いものが見えた。顔をあげれば、出口が数メートル先に広がっている。胸を撫でおろし、彼は思わず立ち止まった。

「ほらな、なんもないやん。首だけライダーかて、おおかたアホ兄貴がなにかを……」

と、勝利を宣言していた彼の眼前に、突然、出口の上部から真っ白な紐がおりてきた。紐には五本の棒切れがついている。

数秒後、それが白い腕であると気づいた直後、垂れさがった腕は宙を摑つかむように何度も指を折り曲げ、乱暴な「おいでおいで」をしてから、ずるずると真上に消えていった。

数分後に別の歩行者がやってくるまで、その場から動けなかったそうだ。

【東山トンネル】

京都市東山区と山科区を結ぶ、長さおよそ百四十メートルほどの隧道。かつてこの付近は「汁谷口」と呼ばれ、水はけの悪さが通行に支障をきたす峠道しかなかったのだという。それを解消するためにトンネルが一九〇三年に開通されたが、やがて一九六四年、国道一号線に自動車用トンネルが開通して以降は歩行者・自転車用トンネルとして利用されるようになったのだという。ちなみに、すぐ近くにある「京の七口」のひとつ粟田口には、かつて一万五千人あまりの罪人が処刑された刑場があったそうである。

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