どつぼにはまる(沖縄県糸満市) | コワイハナシ47

どつぼにはまる(沖縄県糸満市)

大阪の大正区で生まれ育った佐敷さんは、両親は根っからのウチナーンチュだが、彼が初めて沖縄の地を踏んだのは、三十五歳のことだった。それも勤めていた会社が倒産して、彼女に二股をかけられて失恋し、酔っ払った阪神電車の車内で財布をすられた後のことだった。

「どつぼにはまっていたんでしょうね」

佐敷さんは当時の事を思い出しながら、そんな風に語った。

だが沖縄にやってきた佐敷さんを、さらなるどつぼが襲った。

佐敷さんは沖縄に帰ってきてからは、親戚の会社を手伝いながら、糸満市のアパートで一人暮らしを始めた。そして親戚から、今は使わなくなっているパッソーラという昔のスクーターを譲り受け、それで糸満から那覇まで通勤する毎日を過ごしていた。

これが第二の「どつぼ」の始まりだったという。

最初の「どつぼ」は、五月の連休に起こった。

佐敷さんはひまだったので、玉城村にある自分の両親が所有する小山を見に行った。小山といっても、ただ雑木林がはえたぐらいの小さな場所で、相続上は自分がいつか所有者になるので一度見ておきたかったのだ。大阪時代は、もしかしたらその小山がちょっとした財産になるかもしれない。もしかしたら公共事業が入って一発金儲け……などと佐敷さんは勝手に妄想していた。

だが実際に行って見ると、玉城村のそこは、やぶ蚊と雑草と岩しかない、荒れた土地だった。一周してみて、これは持っているだけ損な土地であると結論付けた。周囲も小さな集落があるだけで、観光地でもなければ、公共事業に使われそうな土地でもなかった。少々がっくりしながら、佐敷さんは小山の斜面を降りていった。

途中で石灰岩が突き出した場所があったので、佐敷さんはそこに腰をかけて煙草を吹かした。吹かし終わって、そのまま地面に煙草を捨てて、靴で踏み潰した。

すると、土の下から何か白っぽいものが現われた。嫌な予感がして掘り返してみると、人間の下あごの骨だった。ちゃんと歯も揃っていた。

佐敷さんは誰もいない小山の中で、断末魔の悲鳴を上げてしまった。

佐敷さんは一応警察に電話をして、パトカーが来るまで待機していた。やがて一時間ほど待たされて、警官がやってきた。簡単な事情聴取のあと、付近を捜索して、頭蓋骨と大腿部の骨、そして日本軍の空になった薬きょうなどが回収された。

戦時中の骨ということで、遺骨は警察に引き取ってもらった。

それから佐敷さんは毎日のようにうなされ続けた。

寝ていると金縛りにあったり、会社にいると佐敷さんあてに誰かから電話がかかってくるのだが、取った時にはすでに切れている、そんなことが度々あった。それから町を歩いていると、鳥の糞が頭の上に落ちてきたり、意味もなく犬に吼えられたり、野良猫に襲われたり、パッソーラに乗っていて検問でひったくり犯と間違われたりすることもあった。

でも一番ひどかったのは、なぜか歩いていると左側に押されてしまうのである。家の近所を歩いていると、押されて、川幅が二メートルくらいある用水路に頭から落とされた。あるいは、道路を歩いていると、いきなり押されて排水溝の上のブロックに飛ばされて、踏んだまさにその場所のブロックが割れて、そのままどぶ川の中にはまり込んでしまうことが、なんと三度もあった。三度とも、歩いている下のコンクリートブロックを支えている所に亀裂が入っていて、踏んだ瞬間にそれが割れて、中にはまり込んでしまったのである。全身ヘドロまみれである。

まさに「どつぼ」にはまりこんでしまった。

そして、三度、というのもまた、おかしな話であった。

何か意味があるに違いない。

周囲はしきりにユタにいけと勧めてきたが、佐敷さんは頑として行かなかった。その代わり、少し思うところがあり、再びあの小山に戻ってみる事にした。

小山に戻った佐敷さんは、泡盛を二つのグラスに注ぎ、ひとつは白骨が発見された場所あたりに置いて、ひとつは自分で飲んだ。

「あの、ですね」と佐敷さんは関西弁で喋りだした。「あの、僕は関西で育ったもんで、沖縄の風習とか、文化とか、ようわからんのですけど、あの、この前からどつぼにはまりだして、誰かに押されてどぶ川にハマるわ、こけるわで、大変なんですわ。まあ聞いて欲しいんですけどね、その前にも僕、彼女に二股掛けられるわ、会社が倒産するわ、すりに会うわで、大変やったんですよ。わかります? それで沖縄に帰って来たのに、しかも僕、見つけてあげたやないですか。恩を売るつもりは毛頭ないですけど、でもこの仕打ちはひどすぎませんか? これ以上、何を求めてはるんですか?」

と、獣道のはずれあたりに目をやると、そこで何かが光っているのが見えた。そこは警察も掘り返さなかった場所である。行って見ると、日本軍の薬きょうらしきものが落ちていた。付近を石灰岩の尖った石で掘ると、茶色く変色した骨がごろごろ現われた。

「これを教えたかったんかいな」佐敷さんはそうつぶやくと、すべてがすとんと腑に落ちたそうである。

骨は再び警察によって回収され、おそらく四人分の遺骨が収集された。それからは金縛りにあうことも、横から押されてどぶ川にはまることもなかったそうだ。

「どつぼにはまるのも、何か意味があるんやろうね」佐敷さんはそんな風に今の心境を語ってくれた。

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