ハタパギマンジャイ一本足の子どもの妖怪の話(沖縄県 与論島) | コワイハナシ47

ハタパギマンジャイ一本足の子どもの妖怪の話(沖縄県 与論島)

現在は沖縄本島に住んでいる池田さんは、与論島の出身である。与論と言えば、現在でこそ鹿児島県に入っているが、琉球弧の時代の文化を脈々と受け継いでいる土地柄でもある。今年八十を越える年齢の池田さんは、小さな頃に体験したこんな話をしてくれた。

昔、池田さんがまだ小さかった頃、近所の大人たちが夜中、集まって大声で怒鳴り合っていたという。そのいさかいの原因は、いざり漁をしていた漁師が見たという火の玉についてであった。

その夜、祷いのりという名前の漁師が内海でいざり漁を行っていた。いざり漁とは、燃え盛るたいまつの火に集まって来た魚を捕る漁のことである。すると、どこからともなくスーッと一つの火の玉が吸い寄せられるようにやってきた。火の玉はシューシューと音を立てながら祷さんの周囲を回ったかと思うと、今度は十倍もの大きさにふくれあがってから、島の洞窟の方へと姿を消した。

びっくりした祷さんはすぐさま船を陸地に戻し、悲鳴を上げながら集落へと帰って来た。

大声で祷さんは集まって来た人々に「ハタパギマンジャイが出た!」と告げた。ハタパギマンジャイ、もしくはハタパギとは与論島に伝わる妖怪で、一本足の子どもの妖怪であるといわれている。おもに後を追いかけてきたりする妖怪だが、火の玉になっても飛ぶともいう。祷さんはいざり漁の途中に遭遇した火の玉がハタパギマンジャイが変化したものだと思い、人々にそう伝えた。

だがその集落には、山さんというもう一人の漁師がいた。山さんがやってきて話を聞くと、大声で「お前の見たものはハタパギじゃない!」と真っ向から否定し始めた。

「いや、あれはまぎれもなくハタパギだった!」と祷さんも負けずに応戦する。

「いや、お前の見たものは、ハタパギじゃなくてイシャトゥさ。間違いない。イシャトゥに決まってる!」

イシャトゥとは、海辺などにいる、火の玉になって飛ぶ与論島のこれまた別の妖怪のことである。山さんはその火の玉がイシャトゥであるといい、祷さんはそれがハタパギだといって譲らなかった。それが元で、二人は夜中に大声で口論しているのである。

子どもながらに、どっちの妖怪でもいいのに、と池田さんは思ったそうだが、その夜はイシャトゥかハタパギかで喧嘩になり、二人をなだめるのに結構時間がかかった。おそらく夜明けまで、そのことで論争が続いていたようだった。

その頃、池田さんはまだ小学生ぐらいだったが、良く祷さんの漁師小屋へ話を聞きにいっていた。そのおかげで、話の中心であったハタパギマンジャイとイシャトゥについては良く知っていた。

次の日、池田さんはさっそく祷さんの漁師小屋に出向き、相手から話を聞きだした。

祷さんによれば、ハタパギマンジャイは火の玉になって空を飛ぶこともあれば、浜辺で一本足でたたずんでいることもあった。一度は浜辺に上がってからハタパギマンジャイに追いかけられ、魚を全部捕られてしまったことがあった。次の日の朝、浜辺に戻ってみると、魚は全部片目がくりぬかれて捨て置かれてあった。また何度も漁を邪魔され、一度などは背中に触れられたおかげでミミズ腫れのようなものが出来てしまったこともあった。

「だからな、わしはいつかハタパギマンジャイのウラをかいてやろうと思ってる」

「どうするの?」

「海であいつが飛んで来たら、目の細い網を投げるかして、逆に捕まえてやろうと思ってな。捕まえたらお前にも見せてやる。そのために内地から上等な網を注文した」祷さんは目新しい柄のついた網を持ちながら、そういった。

「その網なら、ハタパギマンジャイも捕まえられるの?」

「そうとも。これは上等さ。大きなミーバイ捕まえても、びくともしないわ」

祷さんは相当意気込んでいたのだが、網を持つ手は長年のアルコール中毒がたたって小刻みにふるえ、皺だらけの口元からは時折よだれがたれ落ちていた。池田さんはそんな祷さんの状態を見て、一抹の不安を感じずにはおられなかった。

それからしばらくしたある日の昼間。池田さんが友人と外で遊んでいると、農作業をやっているはずの父親と数人の島の男性があわてて集落に戻ってきて、ぐったりした祷さんを抱えながら家の中に入っていく所に遭遇した。

急いで駆け寄ってみると、家の中に祷さんが横たえられていた。すでに生気はなく、顔は珊瑚礁のように青ざめ、裸の上半身には何かに接触したかのような無数の傷があり、出血していた。

「ハタパギマンジャイ…」と祷さんはうわごとのように何度もつぶやいていた。

島医者が呼ばれたがすでに手の施しようがなく、祷さんは潮が徐々に引くように、静かに息を引き取っていった。

漁に出ていて遭難したということだったが、海は穏やかでしかも昼間であった。あの体中の傷は子どもの池田さんが見てもおかしなものに見えた。

きっとハタパギマンジャイに復讐しようとして殺されたのだ。

池田さんを始め、集落の人々は口に出さずともそのように考えていた。

それから何日かたった、ある日の午後。池田さんは久しぶりに祷さんの漁師小屋を見に出かけた。すでに葬儀も終了したが、身寄りのない祷さんの小屋は、亡くなった日そのままの状態だった。

祷さんが死ぬ前に乗っていた船は、きちんと浜に上げられて、もやいで繋がれていた。その船の横に、柄のついた網が一本立てかけてあった。前にこれでハタパギマンジャイを捕まえると意気込んでいた、あの網だった。だがどこかおかしかった。

柄の部分などはまったく傷んでいなかったのだが、網の部分だけ何か黒ずんでいた。池田さんがひょいと網を持ち上げてみたところ、網の中心が焦げて大きな穴があいていた。一体どうやって新しい網をそのように燃やしたのか、見当もつかなかった。

池田さんは怖くなって、網を放り投げて逃げたという。

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