フツダーミ呪い返しの儀式(沖縄県) | コワイハナシ47

フツダーミ呪い返しの儀式(沖縄県)

岡崎さんは言う。私の心には穴があって、どうもふさがらないようなんですよ。いやね、自分でも時折、この空虚さはどこから来たのかなって、考えることがあるんですよ。本当に風穴のようなものが心の中にぽっかりと開いているんです。ずうっとその事について考えていたんですが、結局答えが出なくてね。結局二十年後の今になって、ああ、あのことなのかと、腑に落ちるっていうんですかね。そういう経験があったんですよ。この風穴は何処から来たのか。今ではもう、埋めようとは思わずに、そいつと仲良くしようという考えに変わってきましたが。

そして岡崎さんは遠い昔、那覇で働いていた頃の思い出を語ってくれた。

二十年ぐらい昔のこと。那覇で興信所(探偵事務所)に勤めていた愛知県生まれの岡崎さんは、一度おかしな依頼を受けたことがあるという。

興信所の社長からある日呼び出された岡崎さんは、とある依頼についてのファイルを渡された。

「お前なら、こういう事例も好きだろうと思ってさ」と社長はファイルを指差しながら言った。「県内出身のみんなは、こういう仕事をやりたがらないわけさ。みんなよ、沖縄の迷信というものに過剰に反応してしまってるわけよ。だからよ、岡崎。お前のような本土出身者にしか扱えないケースなわけさ」

「はあ。読んでみます」しぶしぶ、岡崎さんはそのファイルを受け取ったという。

そのファイルは、最初に依頼者の女性と応対した宮城さんという女性スタッフがまとめたものだった。最初はおざなりの住所、氏名、年齢、職業や、依頼者の問題を解決するに要する日数及び金額の見積もり、その他いろいろなことが書かれていた。そして最後の二枚のページに依頼の内容が事細かに書いてあった。

そこに書いてあったことは岡崎さんにとって信じられないようなことだった。信じられない、という言葉の裏には、まさかこんなことを興信所に依頼にくるのだろうか、という軽蔑の気持ちも含まれていた。

依頼者は池宮城さんという四十代後半のシングルマザーであった。県内の中小企業で経理の仕事をしている。出身は中部。子どもは大学四年生と一年生が二人。ともに女性。家庭環境、並。家族の借金に関する問題、無。だが重大な問題あり。赤丸で二つのカタカナにチェックが入れられていた。そこにはこう書かれてあった。

「ユタ」そしてその下に赤線引きでこんな言葉も「フツダーミ? フツダミ?」

依頼の内容は奇妙なものだった。ある家からあるモノを、とある住所まで持って行き、穴を掘ってそれを埋める。それを行うのは新月の夜中二時から三時までの間。誰にも見られないように遂行しなければならない。そして文の最後にはこんな言葉が記されていた。

「行うのは沖縄とは何の関わりもない、外国人かナイチャー(本土出身者)が望ましい。特に中部出身者はダメ。中部出身者と結婚しているナイチャー、外国人が親戚にいる場合も不可。あくまで孤立しているナイチャー、外国人のみ」

それで俺なのかよ。岡崎さんはファイルを読みながら、苦笑いするしかなかった。

一週間後の夕方、とあるスナックを岡崎さんは訪れた。依頼者の池宮城さんの姉が経営するスナックであった。池宮城さんは、開店準備中のスナックのカウンターに一人で座っていた。

簡単な挨拶を交わして、名詞を渡す。相手は思ったよりも若く、痩せた女性だった。お酒を勧められたが勤務中なのでと断った。池宮城さんはすでにアルコールが入っているようで。タバコをくゆらせながら、ゆったりとした口調で話し出した。

「岡崎さんにしていただきたいのは、前に女性の方に話したことと同じです。新月の夜にある物を私の実家からとある空き地の中に運んで欲しいんです。そしてそれを空き地に埋めるだけです。こちらが希望するのは物の中身について質問はなしということです。ただそれだけです。ただし、誰かに見られたら困るので、実行する際は一人が見張り役、そして岡崎さんが埋める役で御願いします。多言は無用です。できますか?」

「わかりました。ただ確認したいのですが、そのブツ、モノというんですか、それは大きなものですか」

「いいえ。三十センチくらいのものです。重さもそんなにありません。布に包んでお渡しします」

「まさかとは思いますが、爆薬とか、麻薬とか、何かの取引に使う札束とか、そういった危険な物品ではありませんか」

「そうですね。今おっしゃったようなものではありません。ただし、中身に関してはこれ以上言えません」

「わかりました。ただそれを運んで、一人が見張りして、私が埋めるわけですね。深さとかは関係ありますか?」

「たぶん、三十センチぐらいで、見えなくなるくらいでいいと思います。ただし雨なんかで現われないぐらいの深さが望ましいです」

「それは何らかの宗教的な行事なのですか?」

「それはお答えできません。プライバシーに関することですので。よろしいですか?」

「わかりました」

興信所の社長の「絶対に断るな」という命令もあり、岡崎さんは軽い気持ちで引き受ける事にした。ちょうど次の日が新月だったので、夜中の一時十五分くらいに池宮城さんのコザにある実家へ伺う事となった。

見張り役として、社長自らが岡崎さんに付き添ってきた。当初は別の男性がくる予定だったが、ぎりぎりになって断ってきたという。社長は顔では笑っていたが、明らかにこの仕事に関わるのが嫌なようだった。「まあ、これも仕事だからな。割り切るのも重要さ」

「ところで社長、フツダーミって何ですかね?」

「分からないなあ。ユタの言葉じゃないか? 知らなくていいよ、そんなこと」

岡崎さんは、ファイルの中に書かれていたその言葉が、少しだけ気になっていた。だが興信所の誰に聞いても分からないという。二人はあまり会話もないまま、やがてコザにある山の上の一軒家までたどり着いた。平屋建ての小さな家だった。

軽自動車を家の横につけると、すぐに池宮城さんが手に風呂敷包みを持って現われた。

「よろしくお願いします」池宮城さんがゆっくりとそれを岡崎さんに渡した。持つとそれは案外軽いものだと分かった。大きさとしては小さなフランスパンのように長方形だった。感触から風呂敷の下に紙袋で厳重に梱包されているような感じがした。

「この風呂敷のまま埋めればいいんですね」

「そうです。風呂敷は開かなくて結構です。そのままでお願いします。中は見ないでください。終わったら電話をください。それで結構です」

岡崎さんと社長は一礼をしてから、池宮城さんの元を去った。社長が運転をして、岡崎さんはブツを膝の上に乗せながら、後部座席に座っていた。

「なあ岡崎、中身は何だと思う?」運転しながら社長が聞いてきた。

「硬い…フランスパンみたいな気がしますが、もう少し重いですね。もしかしたら…」

「もしかしたら、何だ?」

「人間の腕の骨のような気がするんですけど」

「腕? おいおい、恐ろしいことを言うんじゃないよ」

「でもそんな感じですよ。両端がすこしぷっくりと膨らんでいて、真ん中は細いんです。長さもちょうどそのくらいだし」

風呂敷に包まれたそれは、明らかに人間の腕の骨だったと、岡崎さんには分かった。暗い車内の中、手探りで風呂敷包みを触っているうちに、明確なイメージが頭の中に湧いてきたのだという。

人間の腕の骨。

それを新月の深夜二時に、とある場所に埋める。

もしかしたら犯罪に加担していることなのか?

いや、それよりももっと、宗教的な事に関しているような気がする。

やがて車は、依頼者から渡された住所にたどり着いた。時間はちょうど深夜の二時ぐらいになっていた。南部にあるテダ御川という場所の近くの、林の中の一画である。岩がゴツゴツとそびえたち、月明かりにぼんやりと照らし出されていた。二人は車を降りると、山道をしばらく歩いていった。両側には墓がいくつもあって、月明かりに不気味に光っていた。

「この辺りらしい」社長がぼそりと言った。「早く埋めて、電話して、帰ろうや」

岡崎さんは頷くと、持ってきたスコップで穴を掘った。社長は少し離れた場所に立って、タバコを吹かしていた。ブツより大き目の穴を掘ると、そこに風呂敷を埋め、上から土をかけた。分からないように雑草などを上に被せ、手で叩いて土を慣らした。すべては十分くらいで終了した。

「終わりました」と、岡崎さんが社長の方を振り向いて言った。

と、そこにいたはずの社長の姿がない。社長の名前を呼んだが返事がない。

辺りは物音一つ聞こえなかった。社長がどこかへ行ったのなら、足音が確実に聞こえたはずだ。「社長!」岡崎さんは何度か呼んでみたが社長は答えようとしない。仕方なく山を降りて車のところへ向かうと、エンジンをつけたまま社長が運転席に座っているのが見えた。

「岡崎!」社長が岡崎さんの姿を認めると、悲鳴に近い声で絶叫した。「早く乗れ!」

岡崎さんは訳が分からぬままに車に走って戻った。岡崎さんが乗った瞬間、社長は物凄いスピードで車を発信させた。

社長は何かに脅えたようにハンドルを握っていた。ようやく那覇に戻り、岡崎さんを強引に飲み屋に連れ込むと、泡盛を一気飲みした。

「お前、何も覚えていないのか」社長がふとそんなことを漏らした。

「何がです?」

「お前、穴を掘りながら、消えちまったんだぞ」

「消えるって、穴を掘ってましたよ。社長こそ、いつのまにか消えていたじゃないですか?」

「フラーかよ。俺はお前を一時間以上も待っていたんだぞ。置いて帰るわけにはいかないじゃないか」

「一時間もいませんでしたよ。多分十分くらい」

「十分? 時計を見てみろ」

岡崎さんは時計を見た。朝の五時を回っていた。テダ御川についたのが二時。十分で終わって、車に戻り、それから三十分くらいしか時間は経っていないはずだ。それなのにすでに朝になっているなんて、どう考えても計算が合わない。

「おかしいですね」

「おかしいだろ」

「どういうことですかね」

「そんなこと俺が分かるわけないじゃないか」

「これが……フツダーミってことですかね」

「いや。フツダーミっていうのは、調べたら呪い返しのようなことだった。ユタもあんまり知らない言葉のようだった。事前に教えたらお前、ビビると思って教えなかった」

「つまり、これを埋めるということは、呪い返しの儀式なんですか」

「そのようだな。でも心配するな。お前を選んだのは、お前がすべてにおいて無関係だったからだそうだ。沖縄の人間だといろんな弊害が出るんだよ。お前、池宮城さんのお姉さんのスナックに行っただろ。あの姉さんはユタなんだ。お前を品定めじゃないが、確認したかったそうだ。お前だったら、影響を受けずにそれができるだろうと判断したらしい。でもお前が目の前で消えてしまったときには、どうしようかと思ったよ。興信所の人間が神隠しに会うなんてシャレにならんじゃないか」

それを聞いて、岡崎さんは飲み屋で寒気に襲われたという。

それから岡崎さんは、社長から恐ろしい話を聞かされた。

依頼者であった池宮城さんが、心臓発作で突然に亡くなったという。

それより少し前に、那覇に住む会社社長の男性が、いきなり「神ダーリ」に近い状態に襲われ、そのまま病院に搬送されたが、病院の三階から身投げして、死んだという。神ダーリとは、それまで普通の生活をしていた人間が、いきなり神がかり的な行動や言動をし始めて、一般的には神が乗り移ったとされる状態の事を指す。医学的には分裂病や解離性障害などと判断されるが、沖縄の人は神ダーリになると医者よりもユタを呼ぶのである。

真相は、実は池宮城さんと自殺した社長は不倫関係にあったのだが、付き合って十年目に会社社長は池宮城さんを一方的に振り、別れ話を持ち出したという。結婚話も出ていたのですっかり傷ついてしまった池宮城さんはそれから何度も相手に電話や手紙で連絡を取ろうとした。だが連絡は取れず、それからすぐに池宮城さんは体調を崩してしまった。

ユタである姉に相談したところ、相手の社長が拝み屋を使って呪いを掛けているのが見えると教えてくれた。その呪いは強力で、何も行動を起こさなかったら池宮城さんはそのまま死んでしまうという。そこで苦渋の決断として行われる事になったのが、フツダーミと呼ばれる呪い返しの儀式であった。

だが人を呪わば穴二つの例えにあるごとく、この儀式は危険な賭けでもあった。人を呪うものは、自らも呪われるのである。結果的に岡崎さんが行ったのは、池宮城さんの一族のお墓から持ってきた古い親族の腕の骨を、相手が所有している墓場の敷地に埋める事によって、儀式を完逐させたのであった。

そして墓の穴は最終的に二つになってしまった。最初に呪いを掛けた男性と、それをフツダーミという手法によって呪い返しを行った女性は、共に鬼籍に入ってしまうことになったのである。

こうして、この件は難なく終わりを告げたかに思われた。

だが実はそうではなかった。

それから二十年後のことである。岡崎さんは東京に戻り、結婚してマスコミ関係の仕事を行っていた。そんな折り、沖縄出身の霊能者と取材で会うことになった。お互い初対面だったが、岡崎さんは霊能者をテレビに出したいと考えていたらしく、主演交渉もかねて視てもらう事にしたという。

その女性霊能者とは、とあるテレビ局の社員食堂で会ったという。スタッフと一緒に名刺交換などの挨拶をしてから、岡崎さんの生活を視るという事になった。仕事のことや家族の事を聞いていると、いきなりその女性がこんなことを言ってきた。

「あなた、マブイを落としていますよ」マブイとは魂という意味だ。沖縄の文化では、驚いたり、事故にあったり、悲しいことがあったりすると、マブイは落ちるものなのだ。

「そうですか。そう視えるんですか?」

「ええ、山の上で、何か埋めてらっしゃいますが、凄く恐ろしい事を行っておられましたよね。あなたには関係ないことかもしれませんが、もしかしたらそれで人が死んでいるかもしれません。そこでマブイを落としていらっしゃいますよ」

それを聞いて岡崎さんは驚いてしまった。まさしくあの時の事だ。二十年前に、沖縄県南部の丘の中腹で行ったフツダーミのことではないか。

すると今まで忘れていた沖縄での思い出が蘇ってきた。岡崎さんは霊能者の女性にすべてを話して聞かせたという。

「そのマブイは、もう戻りません。もう二度と戻らないので、もしかしたらあなたに必要ないのかと思われるかもしれませんが、実はそうではありません。あのようなことを知らずにとはいえ行ったのですから、その報いです。あなたは死ぬまで心の中に穴が開いたままですよ」

心の中の穴。まさしく若い頃から自問してきた感情の答えを、岡崎さんは見出したような気がした。

「そのマブイとやらは、戻らないんですか?」

「ええ、消滅して、なくなってしまいました」

「この心の穴は、二度と塞がらないんですね」

「ええ、塞がることはありません。残念ですが」

そう言われて、岡崎さんは言葉が一言も出てこなかったという。

岡崎さんは現在でも、心の中の空虚な穴について考えることがあるという。その穴を埋めるために色々なことを行ってきたというが、未だに穴は埋められていない。その穴の中を、二十年前の空ろな思い出が、時折音もなく通り過ぎていくのだという。

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