ヤナカジ小山の妖怪(沖縄県那覇市小禄) | コワイハナシ47

ヤナカジ小山の妖怪(沖縄県那覇市小禄)

大里さんは昭和二十年の生まれで、戦後すぐに現在の那覇市小禄に住んでいた。近所には日本兵のガイコツや銃弾がごろごろと転がる小山があり、隣の村へ行くにはそこを横切っていくしかなかった。大里さんの記憶によれば、かなり大きな高射砲と戦車の残骸があり、そこは近所の子どもたちにとっては格好の遊び場だった。

昼間は子どもたちの遊び場であったが、夜になるとその小山は様相を微妙に変化させていった。夜になると、村のものは誰もその小山には近寄らなくなった。

その小山にはマジムン(妖怪)が出るのである。

集落の人間はそれをヤナカジと呼んだ。

ヤナカジは全身黒っぽい人の形をしており、それが現れる前には生暖かい風が吹き、そしてそれは死臭のような匂いがするといわれていた。そのような理由から、人々はそれをヤナカジ(嫌な風という意味)と呼んだのである。

大里さんも十歳くらいの時にこんな体験をした。

現在は自衛隊基地となっている垣花の辺りで遊んでいた大里さんは、途中で大雨に降られて友達の家で雨宿りをしていた。そして話し込んでしまい、気がつくとすっかり夜になっていた。両親から大目玉を食らうと思った大里さんは、夜道を一心不乱に走って帰った。

ところが家の近所までやって来たとき、例のヤナカジのいる小山を歩いていることに気がついた。怖い、と思ったが、それを表面に出すとますますヤナカジにかかられる(取り憑かれる)と聞いていた大里さんは、勤めて平静を装いながら、早足で小山を登っていった。

小山の上あたりについたとき、背後から誰かが小山を登ってくる足音に気がついた。ざっざっざっという、たくさんの足音が土を踏みしめるような音だ。おそるおそる振り返ってもそこには誰もいなかった。月明かりに照らし出された雑木林と獣道のような風景しかない。もしかしたら風の音がそう聞こえたのかもしれない。しばらく振り返ると音は止み、ひゅーひゅーという風の音しか聞こえなくなった。

そこで大里さんはゆっくりと斜面を降り始めた。

するとまた背後から、ざっざっざっという音が響いてくる。怖くなった大里さんは走り出そうとしたが、なぜか足がうまく動かせない。と、思う間もなく何かに足をひっかけて転んでしまい、坂の途中でうずくまってしまった。

ざっざっざっ。音はだんだん近くなる。

どこからともなく生暖かい風がゆっくりと吹いてきた。その風の中には、何かが腐ったかのような胸くその悪い匂いが混じっていた。

ざっざっざっざっ。

大里さんは坂の途中で金縛りにあってしまい、動くことができない。見上げると月だけが夜空に煌々と輝いていた。

ざっざっざっざっ。

と、金縛りにあっている大里さんの視界に、真っ黒な姿の人間が何人も現れた。ヘルメットをかぶっている日本兵の輪郭だった。彼らは大里さんの上をただよろよろと通り過ぎた。何人も何人も、真っ黒な煙のような日本兵が大里さんの体を乗り越えて歩いていった。

ざっざっざっざっ。

悲鳴を上げようにも声がでない。必至で母親の名前を呼んだがそれも心の中での絶叫だった。やがて真っ黒な影が通り過ぎた後に、ひとつの影がやってきて、倒れている大里さんを覗き込んだ。

大里さんはそこで、恐ろしいものを見てしまった。

全身真っ黒なそれは、右目だけがはっきりと見えていた。右目は大里さんの顔をまざまざと覗き込み、臭い息をためいきのようなものを吐いてから、やがて他の兵隊と同じように坂を下っていった。

金縛りが解けた大里さんは、悲鳴を上げながら家に向かって走っていった。すでに日本兵たちの姿は消えていた。

小山を降りるとすぐに集落があるはずだった。大里さんは「お母さんお母さん!」と大声で叫びながら暗闇の中を走っていった。だがいつまでたっても家につかない。坂を下ってもそこは一度も行ったことのない野原のような場所だった。昼間遊んだ戦車も高射砲もそこにはない。

広場の中心には信じられないくらいの大きさのガジュマルの大木が生えていた。月明かりに光るそれは、何かぬめぬめとしており、そのものが生きている感じがした。一度も聞いたことのない鳥のようなものがホーホーと鳴いていた。「お母さんお母さん!」叫ぶが誰もいない。闇の中をしばらく走ると人の声のようなものが聞こえて来た。一人や二人ではない。大勢の声がひそひそ話をしているような、そんな音が周囲から聞こえて来た。さきほどの足音も遠くから再び聞こえてくる。ざっざっざっざっ。「お母さんお母さん!」絶叫しながら大里さんは走ったのだが、しばらくすると足がもつれて砂の上でこけてしまった。

ざっざっざっという音が響いて来た。すると誰かが大里さんの体を踏みつけた。

「助けて!」

次々に何者かが大里さんの背中を踏みつけていった。感触のある足だった。やがて大里さんは気を失い、気がつくと夜明け前の小山の中腹に横になっていた。

急いで家に帰ると、背中には何人もの足跡がくっきりと残っていた。

「お母さん、日本兵に背中踏まれた!」と大里さんがすべてのことを喋ると、母親はしかることなく大里さんを抱きしめて、こんなことをいった。

「昨夜は外に出ようにも、ヤナカジがいっぱいで出られんかったさ。てっきりお前は帰ってこないと思って心配していたんだよ」

現在ではそのあたりは公園になって、慰霊碑と拝所が祀られている。

時折、おかしな風が吹くことは、今でもたまにあるという。

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