折鶴(沖縄県) | コワイハナシ47

折鶴(沖縄県)

嘉手納恵さんは沖縄県北部の自治会の役員を務めている。役員といっても仕事は公民館と、その横にある拝所の管理をすることである。

沖縄県内に、拝所は数千あるとも数万あるともいわれている。嘉手納さんが管理する拝所は、昭和になってから再建された場所で、起源は古く、おそらく琉球王朝時代の前からあるのだと言い伝えられてきた。拝所の裏側には石器時代からある貝塚もあり、集落に最初に住んだ人物の墓もすぐ横にある。これらもすべて拝みの対象になっており、ウガミサーと呼ばれる「拝む人たち」が度々訪れる場所でもあった。

夏の日の朝、双子の中学生の娘たちを送り出したあと、嘉手納さんは拝所の掃除をしようと箒を持ってやってきた。いつもなら蝉たちがやかましく鳴きまわっているはずなのに、その日の朝だけは敷地内はしんと静まり返り、どこか生暖かな風が吹いていた。

拝所の敷地は百坪ほどあり、周囲を囲むようにしてガジュマルやアコウの木など、樹齢百年以上の大木が囲むようにして立っていた。そのため暑い日中でも木の枝が木陰となり、拝所の敷地に入ると涼しく感じられた。嘉手納さんは掃除をしたあと、拝所の前の木陰で一服するのが日課となっており、今日もそこで休もうと考えていた。

だが拝所の敷地内に入ると、なんだかいつもと様子が違った。何かがたくさん、枝からぶら下がっている。

「あ、折鶴…」

嘉手納さんは思わず口に出してそう言ってしまった。色とりどりの折鶴が、数百、あるいは数千はあろうかと思うほど、木の枝から細い糸で吊り下げられて、風に揺れている。赤や、黄色や、白や、緑や、それこそいろんな色彩が、風に揺られてゆったりと宙を舞っていた。しかし何か違和感があった。いつも見る折鶴とは微妙に違う。普通の折り紙で折ったもののように、裏の白い紙の部分が見えていない。つまりは折り目がないのだ。もっというとどう見ても紙には見えない。少しふっくらしているというか、サテンの布で織られたように、光沢があり、質感が豊かに感じられた。

一体誰がこんなものを?

嘉手納さんがそう考えながら拝所を見渡すと、今まさにそれをしている最中のものがそこにいた。

身長二メートル以上はあろうかという大男だった。背中の部分に象形文字のようなものが描かれた毛皮の着物をはおり、足には黒っぽくて巨大なブーツを履いていた。髪の毛とも髭ともつかぬものが顔面を多い、目だけがぎょろりと前を向いていた。

その巨人の両肩には、幼稚園生くらいの背丈の二人の子どもがのっかっていた。子どもたちはつなぎ目のない真っ赤なコートのようなものを着ており、彼らは一生懸命手を伸ばしながら、枝に折鶴を結び付けていた。

「えーと、すみませんが、ここは神様の拝所なので、そういうことはやめてほしいんですがね。雨が降ったら、ぐしょぐしょになるから」

嘉手納さんはそういって注意をした。

次の瞬間、大男がくるりとこちらを振り返った。

これにさわらないで欲しい。

果たして大男が実際にそういったのか、あるいはテレパシーのようなものであったのかは、さだかではない。嘉手納さんは確かに大男からそのようなメッセージを受け取った。その瞬間、まるで夢から覚めたかのように、嘉手納さんは急に我に返った。

これはこれは。

私のような凡人が見てはいけないものを、私は今見てしまっているのではないか。

そう考えた瞬間、いきなり全身に鳥肌が立ち、怖くなってしまった。

「どうもすみません」

蚊の鳴くような声でそう囁くと、嘉手納さんはゆっくりと公民館に引き返した。その日は夜になるまで、怖くて拝所には近寄ることができなかった。

夜になり、家に帰ると中学生の双子の娘が帰ってきた。ご飯を食べながら、嘉手納さんは昼間見た事をすべて娘たちに話して聞かせた。

「あのさ、お前たちは信じないかも知れんけどさ、母さんは朝、神様を見たよ」

すると二人は、有無を言わさず拝所に行こうと言い出した。神様に会って、話をしたいというのである。そこで嘉手納さんは娘たちに懐中電灯を持たせて、恐る恐る夜の拝所へと戻ってみることにした。

夜の世界は真っ暗で、月明かりもなかった。だが拝所の中だけは、なぜかぼんやり光っていた。

昼間の折鶴は、数個を残してほとんどが消えてしまっていた。だが十数個だけはそこに吊り下げられたままで、ぼんやりと幻想的な燐光を発していた。また無数の糸たちがガジュマルの枝から垂れ下がっており、それらもうすぼんやりと光を放っていた。

「お母さん、神様ってもう行っちゃったあとなの?」娘の一人が聞いた。

「また戻ってくるかな」ともう一人。

「あんたたち、違うわよ」と嘉手納さんは言った。「ここは元々神様の拝所で、神様はどこにも行きはしないのよ。神様はいつだってここにいるんだから。あんたたちも大きくなったら、神様が見えるようになるわよ。そんな大人になりなさい」

娘たちは嘉手納さんの言葉を黙って聞きながら、揺れる折鶴をただ黙って見つめていた。

朝になると、折鶴も糸も跡形もなく消え去っていたという。

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