舞子墓園(兵庫県神戸市垂水区) | コワイハナシ47

舞子墓園(兵庫県神戸市垂水区)

舞子墓園は兵庫県神戸市垂水区にある墓園であり、僕の実家のすぐ近くにある。

子供の頃よく兄とキャッチボールをしに行ったり、犬の散歩に行ったりしていた、馴染みのある場所だ。

しかし地元では有名な心霊スポットであり、火の玉の目撃談が多数ある。その他、午前二時にマリア像を見に行くと血の涙を流しているだとか、「復活」と書かれた扉をノックすると二メートルを超す謎の大男に追いかけられるなど……。

子供の頃は夜の舞子墓園に近づくのを極力避けた記憶がある。

さらに首吊り自殺がよく起きた。

近所のおばちゃんが朝のジョギングの時に発見したり、それこそ犬の散歩中のお爺さんが発見したりして、その度すぐに噂は広まった。

他にも奇妙な噂は事欠かない。

同級生のY子の父親は、夜中に車で墓園を通り抜けようとしたら、何度も同じところをぐるぐる回っていることに気が付いた。怖くなって車を降り、墓園の案内板を見て出口の確認をしていたら、

「そう簡単には出れへんよ~」

と、通りすがりのお爺さんに声をかけられる。Y子の父親いわく、そのお爺さんの足がぼや~っと半透明だったらしい。

墓園は昼間はお年寄りが集う散歩コースや花見スポットになっているのだが、つい最近の話だと、Y子の父親がベンチでくつろいでいると、

「余裕やな~気いつけや~、ふふふっ」

と、背後から女の声が何度も聞こえたそうだ。もちろん振り向いてみても誰もいなかったという。

Y子自身にも奇妙な出来事は起こった。

墓園を抜けた先にあるリサイクルショップにテニスのラケットを買いに出かけた時、墓園の途中で血まみれの男と突然すれ違い、

「欲しいものは手に入らん、売ってないで」

と言われた。実際、リサイクルショップにテニスのラケットは売ってなかったという。

これも同級生の話ではあるが、Qちゃんは舞子墓園の側にある高校に通っていた。

この高校の生徒には「校章を墓園で落としたら、二週間後に見つかる」というジンクスがあり、彼自身も校章を失くし、二週間後に見つかった経験があるという。墓園自体は通学路でもあり、部活動でもよく使用していた。

失くした校章が見つかる場所は、墓園のどこで落としても、決まって納骨堂の前だという。落とした時には儀式があり、手を合わせて「武藤さん、助けて下さい。お願いします」と願うのだ。

なぜ〝武藤さん〟なのかというと、墓園の中にあるひときわ大きな墓が武藤山治という人物の墓である。

舞子墓園は今でこそ神戸市が管理しているが、元来は武藤家の土地。武藤山治は明治・大正・昭和前期の経営者であり衆議院議員であった人物で、政府や「帝人事件」の不正を次々と暴いた後、暗殺されてしまう。

この武藤さんに敬意を示した人は失くした物が見つかると、彼の学校では有名であった。

そして、よく言われるのが、「あそこに出る霊は悪いことをした側の人間」という話。

武藤家の前では居心地が悪いのでおとなしくお墓に居ることができず、度々出てくるのだそうだ。

僕は実家に帰った際に、約二十年ぶりに舞子墓園を探索した。

深夜零時を過ぎた舞子墓園は、あいも変わらず子供の頃の記憶を呼び覚ます不気味さだった。

マリア像や武藤家の墓の場所は記憶が薄れ過ぎていて見つけることはできなかったが、復活の扉は見つかった。扉の前の石碑に大きな文字で〝復活〟と書かれているのだ。

大人になった僕は星神社の件以来、恐怖に対する耐性が備わっているので、躊躇なく扉をノックした。その瞬間、側に生えている木がパキパキと音を立て、近くの貯水池からウシガエルが合唱を始めた。

そのあと大男に追いかけられることはなかったが、不思議なことはあった。

墓園内を探索している最中、妙に気になる階段を見つける。その階段を上がっていくと、墓園から隔離された祠が見えた。祠は夥しい数の幟に囲まれていた。例のごとく躊躇なく中に入ると、突然幟は激しく揺れだした。

僕はさすがに居心地が悪く、すぐにこの場所から離れた。恐怖というよりも、〝歓迎されてない感〟を強く感じたのだ。

幟には「石谷大龍王」と書かれていた。

実は舞子という地域には無数の古墳群が存在する。この舞子墓園内にも「石谷の石窟」と呼ばれる古墳群があるのだ。

名前からして「石谷大龍王」は、この古墳と何らかの関係があるのであろうが、どうやら僕は石谷大龍王と相性が悪いようである。

シェアする

フォローする