「お客さまのお部屋は四階になります」(青森県 十和田湖畔) | コワイハナシ47

「お客さまのお部屋は四階になります」(青森県 十和田湖畔)

東北地方に暮らしている娘夫婦を曽根さんご夫妻が車で見舞ったのは、東日本大震災があった年の夏のことだった。

震源地から少しは離れているとはいえ、娘の夫の実家はそれなりに苦労しているようだった。慰労の挨拶などして、帰京の途中で十和田湖畔に立ち寄った。

湖畔のホテルをあらかじめ予約していた。震災後、夫婦で想い出づくりをする必要を強く感じるようになっていたのだ。水入らずで旅行するのは久しぶりだった。

そんな次第で楽しみにもしていた十和田湖畔だったが、娘婿の実家をお見舞いした後なので、気分が高揚せず、妻との会話も弾まなかった。

ホテルに到着する前に、湖を見晴らす路肩の空き地で、曽根さんは車を降りて煙草を一服した。妻は柵にもたれて景色を眺めはじめた。

この日の天気は曇りで、湖面も空も一面どんよりした灰色に覆われていた。夕方とはいえ夏の盛りで、まだ日が高いのに、辺りは妙に薄暗かった。

異様に暗すぎると思い、首筋の毛がチリチリと逆立った刹那、真後ろで小枝を踏んでへし折るようなパキッという音がした。驚いて振り返ったら、離れたところで妻が大声で悲鳴をあげた。

「どうした?」と、後ろに妻がいなかった──小枝を踏んだのは誰だ?──ことに驚きながら訊ねると、妻が蒼くなって柵にしがみつき、

「今、誰かが私の腰を後ろから押したわ!」

責めるような口調でそう言うので、「僕じゃない」と曽根さんは応えた。

「わかってるわよ!ここ、なんだか怖い。早くホテルに行きましょう」

妻に早く早くと急かされたが、曽根さんも同感だった。ホテルに到着したときには夫婦揃って安堵の溜息を吐ついた。

ところがホテル側に手違いがあり、なかなかチェックインできず、三〇分も待たされたあげくにあてがわれたのは……。

「お客さまのお部屋は四階になります。そこのエレベーターで上がって奥の突き当り、四九五号室です」

「四階?」と妻がホテルの支配人に訊き返した。「このホテル、四階があるの?」

ご存じのように、古いホテルや旅館、あるいは病院などには、四階の表示が設けられていないところがある。昭和の頃までは、四階だけでなく九階もないことにしている建物があった。「四」を「死」に、「九」を「苦」に読み替え、「忌いみ数」として避けたのだ。

「しかも四九五号室って『九』も入ってるじゃないの。イヤね。怖いことがありそう」

迷信だから気にするなと曽根さんは言ったが、妻は部屋に入ると、そそくさと浴衣に着替えてベッドに入り、「あなたも早く寝た方がいいわよ」と、布団を被ってしまった。

曽根さんは悔しかった。せっかく旅行に来たのだから、自分だけでも楽しまなくては損だと思った。そこで一階の大浴場に行くことにした。

入浴中は人が少なすぎる点を除けば変わったことはなかった。震災から五ヶ月では客足が戻らないのだろう。少し寂しく、ちょっと怖い。

馬鹿なことを考えないように、と心の中で自分に言い聞かせながら湯からあがった。

部屋に戻るには、フロントのカウンターの前の廊下を右手に曲がった突き当りにあるエレベーター・ホールからエレベーターに乗ればよかった。大浴場に来るときに通った道を逆に行けばいいのだから、何も心配していなかった。

しかし廊下からエレベーター・ホールの方を見てギョッとなった。来たときにはなぜか気づかなかったが、突き当りの壁に大きな鏡があった。鏡にホテルの浴衣を着た自分が映っているのを、一瞬、別の誰かと錯覚した。

わけがわかって緊張を解いたのも束の間、鏡の斜め対面にあるエレベーターの方を向いたら、誰も近くにいないのにエレベーターの扉が開いていた。

エレベーター・ホールには人影がなく、エレベーターの中にも誰も乗っていない。

気味悪く感じながらも、曽根さんは、ついエレベーターに乗ってしまった。

四階のボタンを押した。しかし扉が閉まらない。「閉」の表示のあるボタンを押してみても反応がなかった。そのとき、斜め前の壁にある鏡の中で何か黒い影が動いたように感じた。一気に恐怖が込み上げてきて、曽根さんはエレベーターを降りようとした。

すると突然扉が閉まって、エレベーターに閉じ込められてしまった。

全身の毛穴から汗が吹き出した。二階……三階……。エレベーターは上昇してゆく。

曽根さんは、「四階に着いて扉が開いた瞬間がいちばん恐ろしかったです」と話す。

何か怖いものに待ち伏せされていたら……。泣くほど怖かったが幸い何もいなかった。廊下を走って部屋に戻りドアを閉めると、布団を被ったまま妻が言った。

「ほらね?怖かったでしょう?」

シェアする

フォローする