寝ずの番(東京都板橋区) | コワイハナシ47

寝ずの番(東京都板橋区)

畠山さんの板橋区の実家では、親族の誰かが亡くなると、お通夜の夜には親類縁者が交代で寝ずの番をする習わしだった。

畠山さんの家に限らず、本来お通夜とはそういうものであった。近親者が亡なき骸がらのそばで故人を偲しのびながら、線香と蝋燭や灯明の火を絶やさないように夜通し番をするから、「通夜」なのだ。

線香を焚くことには腐敗臭を誤魔化すためという実用的な意味もあったが、魔除けの意味もあったといわれている。通夜の段階では死者はまだ此岸と彼岸の境い目にいる。親しかった者たちには、故人が悪い物の怪に取り憑かれることを防ぎ、つつがなく冥途に旅立てるようにする義務があった。

一九九八年(平成一〇)前後の頃で畠山さんが二五歳ぐらいのときに、母方の伯母が亡くなった。

一九二四年(大正一三)生まれ、享年七四。年寄りの病死であり、寿命だろうと皆が口を揃えて言っていた。伯母の二人の娘、つまり従姉妹たちと畠山さんの三人が徹夜の番を申し付けられた。畠山さんはひとりっ子で、従姉妹とは実のきょうだいのように気心が知れていた。

三人で取りとめのない話に興じた。やがて明け方になり、会話がふと途切れた。

そのとき、伯母の枕もとに置いた御鈴が誰も叩いていないのに、「チーン!」と鋭く鳴った。一回だけ鳴って、後はシーンとしている。

畠山さんと従姉妹たちは顔を見合わせた。

「伯母さん、僕たちに何か伝えたいのかな?」

「そろそろ叔母さんたちと交代して寝なさいって言いたいんじゃないの?」

三人は首を捻った。その答えは、葬式のときに明らかになった。

畠山さんがご焼香しているとき、天井の方から亡き伯母の声が降ってきたのである。

「ありがとう」

畠山さんは、御鈴が鳴ったときもそうだったが、そのときもなぜか怖いとは少しも思わず、落ち着いた気持ちで伯母の感謝を受けとめて、心の中で返事をした。

「どういたしまして」

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