樺戸集治監の囚人墓(北海道月形町) | コワイハナシ47

樺戸集治監の囚人墓(北海道月形町)

1980年のNHK大河ドラマ「獅子の時代」を御存じだろうか?

現在はオンデマンドやDVD、BSの再放送などで見ることができる。

これは幕末から明治にかけた、北海道開拓史の激動の世を描いてあるのだ。山田太一先生の脚本で、旧会津藩士を菅原文太が主役で演じた物語。知る人知る名作である。

西南戦争以降、明治政府は歯向かう人間を政治犯とし、次々と牢獄に送りました。その中には、旧藩士や自由民権運動を推奨する弁士など、思想犯が多かった。横浜から小樽まで船で移動し、樺戸集治監に収監される。

牛や馬の扱いだったといわれるが、本当にその通りで、大きな丸太を一人で引っ張り上げさせられる場面がある。背中にくくりつけられた丸太の重さは何百キロ。そして、足には鎖をつけられ、二人一組で働く。

体が衰弱した囚人は次々と倒れる。失神して動けない場合は、鎖をつけたままそこら辺の穴に投げ込むまれ、死んだら埋められてしまう。

放置されるので、夏の夜には熊の餌になるか冬の夜には凍死しかない。

そして脱獄させないために、目立つよう赤い囚人服を着せさせた。

屯田兵も開墾したが、無料でこき使える囚人たちが最初の開墾を行ったといわれる。そして、政府から見れば、政治犯などは、その開拓地で死んでもかまわなかった。むしろ存在を消してもらいたい存在。

それは、明治政府自体が盤石な状態でなかったこともあるだろう。

それがこの時代の悲しい歴史を作っている。

この樺戸の辺りは原始林しかない。主人公は何とか脱獄できたが、逃げられずに捕まり、折檻やリンチで命を落とす者もたくさんいた。

歴史研究家も、この地域に何十体もの遺体が埋められているだろうと判断している。囚人墓には1022体の無縁仏が祀られているが、それ以上に無残に捨てられた遺体があるようだ。だが、心霊現象は特に聞かない。

多分、この敷地にお寺が二軒あり、それも囚人が建てたものだ。

しっかりと祀られているだけに、慰霊ができているといえよう。

ただ、行ってみると森の中の木の後ろに赤い人が立っているような気もする。

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