落ちていた手紙(東京都) | コワイハナシ47

落ちていた手紙(東京都)

SNSで知り合った彼は四五歳。既婚で妻と一子があり、都内の大手ショッピングモールの営業部に勤めている。とくに美形ではないが、笑顔が底抜けに明るく、活舌よく正確な標準語を話す人で、育ちの良さが全身から滲み出ている。

本人が気づいていないところで周囲の女たちから密かにモテていそうだと思ったら、彼の体験談はやはり女性がらみの話だった。

東日本大震災があった二〇一一年(平成二三)の三月下旬にさしかかった頃のこと。

当時はまだ、たまに思い出したように余震があり、その頃配属されていた渋谷区の店舗では客足が落ち、辞めて田舎に帰ってしまうスタッフも複数出て、彼は落ち着かない心地のまま、なんとか仕事を通常運転に戻そうとして足あ掻がいていた。

妻子は妻の郷里の小田原にいた。妻がしばらく実家に帰りたいと言ったのだ。長男は三歳になったばかりの可愛い盛りだったから離れて暮らすのは辛いと思ったが、震災後にひどく神経質になってしまった妻に涙目で懇願されて、反対できなかった。

「二人が行ってしまうと寂しくて仕方がなく、誰かに聞いてもらいたくて、職場で妻が子供を連れて田舎に帰ったと話したんです。僕も精神状態が不安定だったのかな……。別々の場所で、いろんな人に打ち明けてしまいました」

彼は毎日、ショッピングモールに出店している各ショップの責任者と顔を合わせる。全員と親しく口をきくわけでもなかったが、積極的に話しかけられれば、にこやかに会話に応じてきた。いくつかのショップの店長や副店長とは、よく話していた。

妻子を田舎に帰して三日ほどして、昼食後に営業部のオフィスに戻ると、自分のデスクに封筒が置いてあった。手に取ると、近くにいた同僚が、「どこかの売り場の床に落ちてたんだって」と言った。買い物客が拾って、一階の案内所に届けてくれたのだという。

四角い洋封筒で、確かに自分の名前が表書きされ、このショッピングモールの名称と営業部という部署名も美しい筆跡で書かれていたが、番地は書かれておらず、切手も貼られていなかった。

「差出人の名前を見たとき、アレッと思いました。なんとなく覚えがあったんです。誰だったかなぁと首を捻ひねりながら封筒を開けたら、花の絵がついた便箋が出てきて、封筒の字も綺麗だし、名前からして女性だなぁと思いながら畳んであるのを開いたら……」

単に情熱的という範囲を超えた、熱烈すぎるラブレターだった。

彼は慌てて手紙を封筒に戻し、鞄の奥に突っ込んだ。

「誰かに見られたらイヤだから。ラブレターだし、それに、僕を想いながら自慰してることを匂わせるようなことまで書かれていて常軌を逸してたし、他人が見たら、僕が揶揄されるか書いた女性が笑いものになるかわからないけど、どっちにしても避けたかった」

手紙の内容は、彼が妻子を実家に帰らせたことにも触れていた。彼は誰彼となく打ち明けてしまったことを後悔した。

「でもね、封筒に書いてある名前の人は、僕と仲の良い店長さんたちの中にはいませんでした。だから近くで会話を聞いていた店員さんかもしれないと思いました」

その日は、手紙のことは誰にも何も話さなかった。それから何事も無ければ、ずっと黙っているつもりだった。

しかし、翌日も、その翌日も、手紙が営業部に届けられた。三日続けてとなると、同僚や上司も黙っていなかった。差出人は誰か、どんな内容かと問われ、彼はおおよそのことを白状させられてしまった。

「誰にも嗤われませんでした。差出人は異常者で、一種のストーカーだろうと皆の意見がまとまり、上司の判断で、常駐している警備保障会社の人に相談することになりました」

警備保障会社のスタッフは、すぐに防犯カメラの録画をチェックしはじめた。何かわかったら知らせてもらうことにして、仕事をしながら待っていたところ、約一時間後、女性が手紙を落とすところが映っていたという知らせが届いた。

彼は上司と一緒に問題の画像を見せてもらった。

「結論から言うと、女性は妻の唯一の幼なじみで郷里の親友でした。妻から話を聞いたり写真を見せてもらったり、結婚式のときの一度きりですが、会ったこともありました。ところが僕の上司によると、彼女はこのショッピングモールの常連客なんです。少なくとも三年前から、週に一度か二度は見掛ける顔だと言われて、でも、僕は一回も見たことありませんと言ったら、おまえには気づかれないようにしてたんだろうって言うんですよ」

三年前といえば、息子が生まれた頃である。そんなに前から、小田原から時間をかけて、わざわざ渋谷区のショッピングモールまで来て、自分のことを盗み見ていたのかと思うと、筆跡だけしか知らなかったときより数段、恐ろしくなった。

彼はすぐに妻の実家に電話を掛けた。そして今さっき妻が息子を連れて出かけてしまったことがわかると、とりあえず電話口に出た姑に事情を説明した。

姑は妻の幼なじみをよく知っていた。親同士の付き合いが今でもあり、数年前から、彼女が重度の精神疾患を患っていることも把握していた。

手紙を出したり、つきまとったりすることをやめさせられないか彼女の親に相談してみると姑が言ってくれたので、彼は少し安心して電話を終えた。

「小田原の妻の実家に電話をしたのは午後の四時頃でした。これで止んでくれたらいいと思っていました。まさか、その直後に、妻と彼女が会う約束をしていたなんて……。妻の方から、なんの悪気も無く、幼なじみを夕食に誘ったそうですよ。息子に会わせたいと言って、小田原市内のレストランに呼び出したんだそうです。彼女は渋谷区の僕のショッピングモールに正午前に現れて、手紙を落とし、小田原にとんぼ返りしたんですね。そして妻と息子に会い、僕と妻が不仲になったわけではないと悟ったのでしょう」

彼の妻子と食後に別れてから、彼女の行方は杳として知れない。

「ただ、もう一度だけ手紙が届きました。また同じやり方でしたが、便箋は白紙で、今度は防犯カメラに彼女が手紙を床に落とすところは映っていませんでした。手紙を拾った人が案内所に届けたことは確かなので、とても不思議ですが……」

最後に手紙をショッピングモールに持ってきたときには、すでに彼女は死んでいたのだと思う。

そう呟いて、彼は気の毒そうな表情をした。

シェアする

フォローする