野辺山高原のお百姓(長野県南佐久郡南牧村) | コワイハナシ47

野辺山高原のお百姓(長野県南佐久郡南牧村)

──二〇代の頃のある日、オートバイで野辺山高原の辺りを走っていたら、五〇メートルぐらい先の道の端に何か大きな道具を肩を担いだ人が出て来た。

道路を渡るのだと察して減速し、数メートル手前で停止した。近くでよく見れば、人物は中年の男性で、肩に担いでいるのは鋤という農具のようだった。「鋤なんて今でも使うのか、へえ」とも思ったが、それ以外にも大きな違和感があった。

男はちょんまげを結っていたのである。おまけに、なんともみすぼらしい着物を尻っぱしょりにして、ツギハギだらけの汚れた股引きを穿いている。驚いた点はそればかりではない。股引の太腿のあたりから下が透き通って、向こうの景色が見えていた。

呆気に取られて見ていると、こちらには一瞥も寄越さず悠々と前を横切っていった。

正面を通りすぎるとき、土の匂いが男の方からプンと漂ってきた。

道を渡り終わると、男の姿は道端の藪に吸い込まれるように消えてしまった。そのときどこからともない遠い所から、馬のいななきが聞こえてきた──。

以上が、今でもオートバイでのツーリングが趣味である畠山さんが、一九九二年(平成四)頃に長野県南佐久郡南牧村の野辺山高原駅付近で出遭った怪異である。

「江戸時代のお百姓が、亡くなってからも普段通りに仕事をしているのでしょうか」

畠山さんはそう推理していたが、あながち外れていないかもしれない。彼は知らなかったけれども、野辺山高原は近世初期まで集落がなく、ここを通る街道の治安を問題視した江戸幕府は一七世紀からこの界隈に農家を入植させ、旅の安全確保の任を負わせた。

その頃から、野辺山高原周辺の農家は「とうね」(馬齢ゼロ歳の当歳馬)を主に生産しはじめ、現在でもこの界隈には厩舎を備えた牧場がある。

そういうわけだから、畠山さんが聞いた馬のいななきは生きた馬が鳴いただけかもしれないが、鋤を担いだちょんまげの農民風の男は幽霊なのではないかと私も思う。

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