豊浜トンネルの崩落を告げる守護霊(北海道御志管内内平郡) | コワイハナシ47

豊浜トンネルの崩落を告げる守護霊(北海道御志管内内平郡)

毎日通勤にこの豊浜トンネルを使っていたという秋山さんが話してくれた。

1994年のこと、新入社員だった秋山さんは小樽方面の職場までここを通過して車通勤していた。

豊浜隧道という古いトンネルを閉鎖し、1984年に開通したトンネルは、最初からあまりいいニュースがなかった。

10年も経たないのに2度ほど小さな崩落を起こしていると聞いた。

運転の間、秋山さんは好きなミュージシャンの音楽を聴いていたのだが、このトンネルに入ると、電波など関係ないのに、雑音が入ったり音が止まったりする。

あるとき、完全に音が消えてしまい、

「ヒイーヒイー」

という変な音だか声だかが車内に響いた。

それに気を取られていると、対向車線のバスがすごいスピードで向かってきているのに気づいた。

秋山さんの車は軽自動車だったので、対向車も幅寄せしてやってくる。

ハンドルを慌てて切って、バスを避けた。すれすれで避けたのに、バスの運転手はハンドルも切らず、そのまま通過し挨拶もない。

「うわ、危ないな……何だこのバス……」

つい怒りを口にした。

その日からこのトンネルを通るのが嫌になった。

なるべく早く出るようにスピードを速くしたり、最初から音楽はつけずにトンネルを出る時につけるようにしたり。

あのバスも他の車も、通過時に何らかの緊張感が芽生えたんだろうと、秋山さんは思い返す。

そして「ヒイー」という声が何度も聞こえることも気味が悪かった。

隣にもう一つの旧豊浜隧道があった。古そうなトンネルで、いかにも気味が悪かった。昔そこでも山崩れの事故があったとか。

その崩落が起きたとされる場所も地図で確かめ、豊浜トンネルの真ん中あたりだと確認する。車で通過するときに、音が消えたり雑音が入ったり、「ヒイー」が聞こえるのもこの辺りなのだ。秋山さんはぞっとして、そこを通過するときだけは「南無阿弥陀仏」とお経を唱えながら走ることにしていた。

今思えば、それが助かった原因だと真面目な顔で彼は語る。

1996年、2月10日午前8時10分。

豊浜トンネルで大崩落事故が起きた。

通過していたバスと乗用車の2台が下敷きになり、20名の方が亡くなるという凄惨な事故となった。

崩落した岩盤が巨大すぎて、発破(爆発)作業をしなくてはならないが、そうなると、トンネル中に生存者がいても命の保証はない。

小規模発破を繰り返し、ついに発見されたバスは、3メートルもあった高さが1メートルにまで潰され、中の乗客は圧死だった。

秋山さんはちょうどその日は別の支所への移動が決まり、電車で移動していた。職場の緊急ニュースでみて、驚くと同時に、思い当たる節があったのだ。

事故の起きる前の日に通った時に、

「ヒイーヒイー」

トンネルの声がひどく大きくなっていた。

でもそれは、地滑りを予告する「山鳴り」だったのかもしれない。

明日からは電車通勤だから、ここを通らなくて済むと思って通り過ぎた。だが危険だと思っていた場所での崩落に、偶然を感じられなかった。

秋山さんはそれからも慰霊碑に花を手向けている。

犠牲になられた方々のご冥福を心よりお祈りする。

豊浜トンネル崩落事故(1996)

右が崩落事故が起きたトンネル。左が旧豊浜1号隧道。

旧隧道は短い距離で第8号まであった。山津波の影響で山側に長距離の豊浜トンネルを掘るが、10年経たずに崩落事故が起きる。

事故の後は旧隧道をしばらく利用した。

昭和37年の山津波(地すべり)によって、旧隧道ではバスに乗っていた

11名の死者と3名の行方不明者、そしてバスもまだ見つかっていないという。

その後、避けるように山側に豊浜トンネルを作ったが、同じ場所で崩落事故となった。

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