常紋トンネルの人柱・その1(北海道 網走) | コワイハナシ47

常紋トンネルの人柱・その1(北海道 網走)

1968年のことだった。

十勝沖で震度6の大地震が起き、常紋トンネルの壁が崩れた。

その壁から立ったままの人間の骨が発見された。

それも1体どころではなかったという。

50体とも500体とも、情報が錯そうするほど。

特にひどいのが、旧金華駅(現金華信号場)近くのトンネル坑口あたりだ。

また、骨には外傷と思われるものが多く、事故かリンチなど傷害で亡くなっているという。大正3年にできたこの古いトンネルにどんな謎があるんだろうか。

1980年頃、この周りにある遺骨を住民で発掘する作業があった。

中学生までが発掘作業のお手伝いをした。今思えば信じられないような話だが、当時は亡くなった方への「人権尊重」に対する思いが上だった。

その時高校生だった道子さんは語る。

道子さんがお母さんと妹とでトンネルの周りの山を掘っていた時だった。

一緒のボランティアのおじさんの声が響く。

「オーイ、仏さん出たぞ、みんな来てくれ! 道子ちゃんも来るか?」

道子さんもスコップを置いて、おじさんのところに行った。

木の下に、足の骨らしいものが見えた。

掘り起こすうちに、体全体の骨が見えてきた。

吐き気をもよおす者もいて、道子さんも急に寒気がして気分が悪くなった。

みんなが手を合わせる中、道子さんは少し幻覚が見えた。

骨からすうっと白い煙みたいなものが立ち上ったのだ。

そして、正面の木の後ろに行った。

形は見えないが、その白い煙が、じっと道子さんを見ているような気がしてならなかった。

発掘を終えて、お母さんの車に乗った。通り過ぎる山の風景を見ながら、道子さんは深い眠りについた。

木に裸でしばりつけられた男。

40代くらいだろうか、げっそり痩せて、あばらが浮いていた。

その姿を見ながらも素通りする、土や石を運ぶ泥だらけの男達。

ムチを持った親方風のハチマキをした男二人が、タバコを吸いながらやってくる。タバコを男の腕に押し付ける。ジュッと嫌な音ときな臭い匂いがした。

一人が薄ら笑いながら男の顔を指で押す。反応しない縛られた男。

「死んだか?」

「いや、わかんねえ。水でも掛けてやるか」

頭から水を掛けられ、うすら目を開ける男。

「命の水だ、感謝しな。前の奴は水も渡さなかったからな」

「お前が逃げ出したりしなきゃよ、こんな目に遭わなくて済むんだ」

親方が周りの連中に聞えるように叫ぶ。

「見とけよお前ら。逃げたらこうなるんだ。わかったな」

「夜はアブか蚊にやられて、熊の餌食だよ。いい気味だ!」

「お前らぼけっと突っ立ってないで、さっさと仕事しろ! 納期が迫ってんだ」

「こいつを助けたりしたら、そいつも見せしめに同じ目に遭うからな」

悲壮な顔で縛られた男を見る泥だらけの男達。会話する者は一人もいない。

奥でじっと見ている者がひとりいた。

まわりに人がいない夕方、縛られた男に近付いて話す男。

「大丈夫か、お前なんで逃げたりしたんだよ。故郷はどこだ」

「……山形だ。娘が病気で、金も渡したくて……」

「ここ来たら、二度と出れねえって知らなったのか」

「……あっせんした人はそんな事いわねがった……楽ですぐ帰れるってよ……」

男は持っていた小さなおにぎりを、急いで縛られた男の口に入れた。

「生きてろよ。生きてりゃ、娘にも会えるからよ。前の奴も三日我慢したら助かった。時々飯持ってくるからよ、とにかく生きてろよ!」

夜になり、辺りは真っ暗になる。

アブが飛び交い、裸の男の体にびっしりと虫がたかる。

動けない弱った人間は、ただの死肉の塊にほど近い。

ガサガサと草むらから音がした。大きな黒い物体が近づく。

熊だった。

熊は男の前に立ち、尖った爪の手を振り上げた。

男は熊に気付いて顔を上げたが、動けない。渾身の力で声を出した。

「みちこ……みちこオ……」

振り下ろした熊の爪が男のあばら骨まで達した。

血しぶきと男の苦痛の顔が見えた。

「うわ! イヤー!」

道子さんは悲鳴を上げた。

車の中で夢を見たのだ。悲鳴を上げたつもりだったが、目を覚ました時、隣の妹もお母さんも黙って運転していた。夢の中の悲鳴だったようだ。

その夜から何度も同じ夢を見る。

あばら骨まで達した熊の爪の所で終わる。だんだん寝るのも怖くなった。

それに自分の名前を呼ばれて、きみが悪い。

あの発掘で骨を見てからどうもおかしい。

その後、また違う夢を見た。

道子さんはまた発掘のボランティアであの山に行く。

山奥で一本だけ目についた木があった。

何となく、夢で見た縛り付けられた木の幹に似ていた。確か、隣に切株が2つくらいあって、そこに親方が足を置いて立っていた。

縄の切れ端みたいなものが近くに落ちていた。

「みちこ、元気だったか……」

背後で男の声がした。振り向くと、血だらけの男が裸で立っている。

あの男だ!

「キャー!」

道子さんの叫び声にお母さんやおじさん達が走ってきた。

血だらけの男は悲壮な顔をして、すうっと落ち葉の重なった場所に消えていった。道子さんはそのまま気を失った。

目が覚めると何と次の日の夜。全く起きてこないので家族も心配したという。

後で発掘の人たちに聞くと、その木の辺りに、たくさんの人骨が埋まっていたんだという。

この木でリンチされた後、死んだ者は簡単に穴を掘って埋められただけだったようだ。弔いもされない墓場だったようだ。

何となく気になってお母さんに聞いてみた。

「お母さん、私の先祖は北海道の人だったの?」

「ううん、山形よ。ひいおじいちゃんは北海道で亡くなったみたいでね」

「ど、どこで?」

「列車の事故に遭ったっていうわ。ちょうど出稼ぎ行ってた時に」

道子さんの体からすうっと重いものが消えたのはその時だったという。

「生きてろよ。生きてりゃ、娘にも会えるからよ。前の奴も三日我慢したら助かった。時々飯持ってくるからよ、とにかく生きてろよ!」

あの助けようとした人夫の声だけが、道子さんの脳裏に響いた。

生きて娘に会おうという男の気持ちが、全うされたのかもしれない。

あまりにもひどい現場。それは明治大正昭和のタコ部屋が絡んでいる。

タコ部屋とは、北海道開拓の為の道路や鉄道、河川工事など、大自然相手の重労働をこなすため、屯田兵だけでは足りず、受刑者を使うようになる。それでも足りず、本州から他雇用=タコとして連れてこられた労働者たちのことをいう。

戦時中は中国や韓国からも強制的に連れてこられるケースもあった。

人権無視で15時間ぶっつづけの肉体労働、二人で180kgの荷物を運ばせたりと重労働の上、人里から離れているためすべて食事や衣類が現場調達になる。

その値段を釣り上げ、お金をあまり持たせない。

食事もかなり粗末で倒れる者が続出した。

逃げ出す者も多かったが、何もない土地、逃げようがない。

見つかるとひどいリンチをされた。

更に、大怪我や病気になるとそのまま放置されるか、トンネルに生き埋めにされたりと、地獄のような世界だったという。

タコが壺に入ったら出られないの意味もあり、食べる物がないと自分の手足を食べるタコのように、タコ部屋というと北海道に起源があるといわれている。

北海道は明治時代から昭和にかけて、急ピッチで開拓された。

先住民のアイヌ人は、何千年と生きてきて、その土地がどういう形状で、どんな土の成分か、川がどうかまで地名に付けていた。

例えば十勝平野は「トカップチ」というコロポックルがアイヌに言い放った呪いの言葉からきている。

「水は枯れろ、魚は腐れ」という言葉だ。

確かに十勝平野は不毛地帯といわれた土地。

そしてこの辺りもあるアイヌ語で駅名がついていた。

「奔無加駅」。ポンムカ駅。金華駅の前身だ。「小さいムカ川」という意味。

川が近くにあってのトンネル工事というのは実に難しい。山の地下水があふれて川を成すため、工事中に水脈に当たればひとたまりもない。こうした事故は特に記されていないが、事故による死者の数が異様に多いのは、無理な場所に何かを建築、造成した場合と思って間違いないだろう。

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