宇田川遊歩道(東京都渋谷区) | コワイハナシ47

宇田川遊歩道(東京都渋谷区)

渋谷は水を記憶する街だ。川は暗渠になり、湿地帯はコンクリートとアスファルトで固められても尚、水の痕跡を見出せる。蛇行する川を彷彿とさせる暗渠を覆う道。沼地由来の地盤の弱さゆえに局地的に存在する安い地価の土地。

渋谷区の富ヶ谷一丁目界隈と神山町から宇田川町を繋ぐ〈宇田川遊歩道〉は、宇田川の暗渠の道である。川の周辺には湿地が広がっていたため地盤が弱く、大きな建造物には適さない。スポット的に地価が安い場所が点在するのは地盤の緩さゆえで、東日本大震災では建物が傾くなどの被害が出たという。

代々木公園を臨むデザイナーズマンションに住んでいた彼女にとって、〈宇田川遊歩道〉は慣れ親しんだ場所だったかもしれない。

赤レンガ色のタイル敷きの小道は原則的に車両通行が禁止されており、遊歩道の両側には洒落た飲食店や個性的な雑貨店が散見される。渋谷駅界隈のように観光客やビジネスマンでごった返すこともない。近隣住民の散策コースにうってつけなのだ。

彼女が、夫の下半身を詰め込んだキャリーケースをひいて宇田川遊歩道を歩いたのは二〇〇六年(平成一八)一二月一六日土曜日の午前二時から四時の間で、気温は九度(一五日の最低気温)前後だっただろう。

一四日の朝から雨が降っていなかったから、遊歩道のタイルは乾いていたはずだ。凹凸があるタイル敷きの遊歩道は、重いキャリーケースの運搬に最適な道とは言えない。

ガコガコガコガコガコ……。

人通りの途絶えた遊歩道を彼女は急いだ。早くどこかへ捨てなければ。

ワインボトルで夫を撲殺したのは一二日の午前四時から六時の間。すでに死体は腐臭を漂わせだしていて、三日後の一五日深夜にタクシーで胴体を運んだ際にも、運転手から臭いを指摘されている。

宇田川遊歩道の中間地点より富ヶ谷交差点寄りの一角に、荒々しいまでに雑草が生い繁る空き地がある。事件当時は、ここに空き家となった二階建て家屋が建っていた。

空き家の敷地に彼女は忍び込み、夫の下半身を棄すてて、落ちていた植木鉢を被せた。

自宅からここまでは五〇〇メートル。徒歩で六、七分程度の距離だ。木立に囲まれた代々木公園の方がマンションから近かったが、「とにかく真っ暗に見えた」とのちに彼女は言った。

「代々木公園だけが真っ暗で、世界中に自分ひとりしかいないように思えた」

──彼女は再び暗渠の道を歩き、自宅へ引き返した。まだ頭と左腕と右手首が残っていた。この時点ですでに夜明けが近かったはずだ。彼女は左腕と右手首はゴミの集積所に捨てて、渋谷区のゴミ収集車に持っていってもらうことにした。頭は手持ち鞄に入れ、早朝、自宅最寄り駅の小田急代々木八幡駅から電車に乗って町田駅で下車すると、町田市内の芹ヶ谷公園に行き、土に穴を掘って埋めた。

遺体は、ほぼ棄てた順に見つかった。上半身が発見され、次いで下半身が発見され、一月一〇日に彼女が逮捕され、残りの部分について供述すると、頭が見つかった。

左腕と右手首は見つからなかった。

ガコガコガコガコガコ……。

あえてキャリーバッグを引きずってきた私は、キャスターが立てる騒音にうんざりしながら、宇田川遊歩道を渋谷駅方面へ進んだ。

宇田川の本流は山手線が上を通るカマボコ型のトンネルをくぐり、トンネルを出た所で渋谷川に合流して終わる。今は宇田川も渋谷川も暗渠だ。

もうすぐ遊歩道の終点だ。私はとくに理由もなく、なんとなく歩き疲れて立ち止まった。

しかし、キャスターの音は止まらなかった。

ガコガコガコガコガコガコガコガコガコガコ……。

背の高い女性が、キャリーバッグを引いて私を追い抜いていった。

私が死体遺棄時の行動をなぞってみた彼女、「渋谷エリートバラバラ殺人事件」の犯人も、身長一七〇センチで背が高かったという。

くだらない想像はよそうと思い、気を取り直して再び歩き出すと、前を行くキャリーバッグの女性がなぜかピタリと立ち止まった。

そのまま凍りついたように静止している。

彼女を追い越す勇気を、私は持ち合わせなかった。

そこで回れ右をして、遺体が遺棄されていた空き地の横を、脇目を振らずに通り過ぎ、富ヶ谷の交差点からタクシーに乗ったのだった。

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