埋没毛 人形の頭(東京都杉並区) | コワイハナシ47

埋没毛 人形の頭(東京都杉並区)

杉並区に住む会社員の牧野さんは、ぬいぐるみ作りを趣味にしている。クマやイヌなど動物のぬいぐるみを作ることもあるが、人間の幼児を模したぬいぐるみ人形をこしらえるのがとくに好きで、周囲の評価も高い。

あるとき職場の同僚の男性から、もうじき五歳になる娘のために人形を作ってくれと頼まれた。人に注文されて作ることはたまにあり、いつも気前よく応じていたから、このときも迷わず承諾した。

誕生日プレゼントにするからちょっと良い物にしてほしい、ついては材料費を惜しまないというので張り切って作りはじめたが、人形の頭に髪(毛糸)を植えつける作業を失敗してしまった。

綿を詰めた布製の頭に針を刺して、せっせと毛糸を縫い込んでいたところ、誤って左側のこめかみまで植えつけてしまったのだ。気づいたときにはもう夜遅かったので修正は後回しにして、翌日出勤すると、件の同僚から、人形のことは忘れてほしい。娘の気が変わり別のプレゼントにすることにしたので、と言われた。

人形作りがうまくいっていたら腹を立てたかもしれないが、そのときはかえって好都合のような気もした。

髪の植えつけを失敗した人形の頭は、あげるあてがなくなったら途端に直すのが面倒になってきて、三日後の朝、可燃ゴミの回収日にゴミと一緒に捨ててしまった。

人形の頭を捨てた日の晩、牧野さんは顔を洗っていて左側のこめかみにザラッとした違和感を覚えた。鏡で見てみると細かい吹き出物がそこにだけ集中していっぱいできている。化粧品にかぶれたのかもしれない。一晩寝ればよくなるだろうと思った。

けれども左のこめかみの吹き出物は次第に悪化した。一〇日も経つとひとつひとつが膿みを持ちはじめた。明日は会社を休んで皮膚科で医者に診てもらおうかな。夜、思案しながら洗面台の鏡でつぶさに吹き出物を観察していたら、とくに大きな出来物の中に黒い点を発見した。急に潰してみたくてたまらなくなり、ステンレスの毛抜きの先で突き刺した。

膿が飛び出してくるまでは予想していたが、その後に吹き出物の奥から出てきた物には驚いた。最初は産毛だろうと思った。しかし違った。

毛抜きで黒い物の先をつまんで引っ張ったら、長い髪の毛がズルズルズルーッと出てきたのだ。悲鳴をあげながら牧野さんは吹き出物から髪の毛を最後まで引きずりだした。

髪の毛は二〇センチ以上あった。引き抜くときに吹き出物の開口部にチラッとコイル状に巻いた部分が見えたので、とぐろを巻いて吹き出物の内部に納まっていたらしい。

牧野さんは引きずりだした毛をティッシュで包んで、翌日、皮膚科を受診した際に、診察してくれた医師に見せた。

医師は顕微鏡を使って観察し、「普通の髪の毛です」と言った。そして牧野さんの左のこめかみに出来たすべての吹き出物から〈埋没毛〉を取り出す手術を勧めた。

皮膚の下で毛が伸びれば伸びるほど吹き出物が悪化するからと諭されたが、そんなことを聞かされるまでもなく、牧野さんは自分の顔に奇妙なものをくっつけておくのが嫌でたまらなかったので、その場ですぐにやってもらった。

取り出された埋没毛は全部で一二本もあった。傷口にガーゼを当てて翌日会社に出勤すると、娘のために人形を作ってほしいと言っていたあの同僚が昨日のうちに退職したことを知った。上司によると、ろくに事情も言わず、強引に辞めてしまったそうだ。

牧野さんは話のついでに、上司に人形のことを話した。

「そういえば先日、娘さんに人形を頼まれていたんですけど、完成させる前に、急にいらないと言われたんです」

「娘さん?」と上司は怪訝そうに訊き返した。

「子供がいるなんて聞いたことがないよ」

牧野さんは鳥肌が立つような思いがして、彼について上司からそれ以上の詳しいことは聞かなかった。

まだ何か奇妙なことが起こるのではないかとその後も不安だったが、吹き出物の痕あとも数週間後にはすっかり消えて、以来、左のこめかみを含めどこにも異変の兆しはない。

しかし、頭に毛糸の髪を植えつけるタイプの人形を作るのはやめてしまった。

「なんだか、針を刺すと痛い気がして」と言って、牧野さんは左側のこめかみをそっと撫なでた。

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