用水路の老婆(神奈川県小田原市) | コワイハナシ47

用水路の老婆(神奈川県小田原市)

神奈川県小田原市は生活・農業用水として取水可能な河川を複数有し、古くから城下町として栄えた経緯もあって、戦国時代に北条氏が城下町を潤すために施設した日本最古の上水道「小田原用水」や、疎水百選や日本土木学会推奨土木遺産に認定された江戸時代の文化遺産「荻窪用水」など、人工の水路も多い。

一九六九年(昭和四九)生まれの波多野さんの実家は小田原市内にあり、家の裏庭に接するようにして水路が流れていた。水路の終点は小田原城のお堀で、第二次大戦の前までは周辺の住民が水路のほとりで洗濯や皿洗いをする景色も見られた。

波多野さんは物心つく頃から、昔、とあるお婆さんがこの水路で亡くなったという話を聞かされていた。なんでも、上流の川が氾濫したことを知らずに洗濯をしていたところ、急激に水路が増水して、一瞬で水に吞まれてしまったということだ。

お婆さんは波多野さんの家の先祖か使用人だったかもしれないが、大昔のことなので憶えている者はもう誰もいない──そんな話だったが、幼い頃の波多野さんは気にしないで、夏になれば水路にじゃぶじゃぶ入り、魚やザリガニを捕って遊んだ。

やがて成長してそんな遊びは卒業し、代わりに学校の同級生や後輩たちとつるむようになった。しばらくの間は水路の存在すら忘れていた。ところがあるとき、高校の後輩からこんな怪談話を聞かされて、思い出さないわけにはいかなくなった。

「先輩のうちの裏を流れてる水路って、真夜中になると、ずぶ濡れのお婆さんが這いあがってきて家に訪ねてくるって言われてますよ」

訪ねられた人は最悪の場合死んでしまう。助かったとしても気が狂ってしまって、元に戻れなくなるかもしれない──。

「そんなことあるわけない」と後輩の話を笑い飛ばした波多野さんだったが、それから三年ぐらい経った二〇歳の頃に、件の老婆の訪問を受けてしまった。

夜、部屋で寝ていたら、片隅に置いてあったパイオニアのラジカセが突然すごいボリュームで鳴りだして目が覚めた。ラジカセには当時ハマっていた「レディーG」というジャマイカのレゲエ歌手のカセットテープが入れっぱなしになっていたのだが、それが勝手に再生されている。驚いて止めようとしたが、金縛りになっていて身動きが取れない。

混乱しながら、必死に目玉を動かして周囲の状況を探った。すると、寝る前に閉めたはずの部屋のドアが開いていて、そこに老婆が立っているのが目に飛び込んできた。

後輩が言っていた「ずぶ濡れのお婆さん」だと直感した。老婆は、ざんばら髪の毛先から水を滴らせていた。着ている灰色の浴衣も濡れそぼって、痩せた体に張りついている。そして、不気味に白く濁った眼をじっと波多野さんに向けていた。

そのとき、波多野さんは尾てい骨の辺りに衝撃的な熱さを感じた。

声が出せたら悲鳴をあげていただろう。真っ赤に溶けた鉄をドロドロと流し込まれるような恐ろしい感覚が尾てい骨から始まって、たちまち背骨を這いあがってきた。

この熱感が頭まで来たらお終いだと思い、波多野さんは死に物狂いで老婆を睨み返した。ついに頸椎が熱くなってきて、もうすぐ自分は気が狂ってしまうか死んでしまうに違いないとはっきり自覚したら、そこで金縛りが解けて、老婆の姿が掻き消えた。

いつのまにかラジカセも止まっていたが、ドアのところの床にはバケツの水をぶちまけたような大きな水溜まりが出来ていた。

枕もとの目覚まし時計を見ると時刻は午前二時で、こんな時刻に大音量でラジカセが鳴ったら誰か起きてきそうなものなのに、家の中は静まり返っていて、みんな熟睡しているようだった。朝になって家族に訊いてみると、やはり誰も何も気づいていなかった。

床の水たまりは、夜が明ける前に波多野さんが自分で雑巾で拭いた。そのままにしておくのが気持ち悪くてたまらず、一刻も我慢できなかったのだ。

水は裏の水路の臭いがした。

シェアする

フォローする