大きくてありえない物に遭遇した話(東京都葛飾区) | コワイハナシ47

大きくてありえない物に遭遇した話(東京都葛飾区)

北さんは今までに何度か、巨大で不思議な物を目撃したことがあるという。最初に見たのは一九五八年(昭和三三)頃、七歳か八歳だったある春の日の朝、家族と住んでいた長屋の窓を開けたら荒川の土手の向こうに富士山が見えた。純白の雪を頂いた山頂から左右の山裾までくっきりとした、銭湯のタイル画のような、それは見事な富士山だった。

葛飾区小谷野町(現、堀切四丁目)の堀切橋のたもとにある我が家はクランク状の路地の奥にあって、窓を開けても、いつもは大家さんのうちの壁しか見えない。

慌てて父を呼びに行ったが、父が来たときには富士山は消えて、いつもの景色に戻っていた。

それから間もなく再び謎の物に遭遇した。群青色に暮れた夕闇の中、アルマイトの鍋を持たされて近所の豆腐屋に豆腐を買いに行かされた。空にはすでに星が瞬きはじめていた。夜空を眺めながら歩いていたら、土手の向こうから巨大な黄色い「☆」がお日様のように上がってきたと思ったら、七色の虹の尾を引いて頭の上を飛び越えていった。

葛飾の街の上を低空飛行して、最後は遠くの高い建物の屋根に隠れて見えなくなってしまったが、五つの角を備えた星のマークの形をしていて、客船のように大きかった。

三度目と四度目の不可思議は、父が病に倒れた後、伯父の家に預けられていた時期に見た。伯父が参加する町会の夏のバス旅行で神奈川県の三浦海岸に行ったとき、波打ち際でひとりで水遊びしていたところ、一〇メートルぐらい先の至近距離と言っていい水面に潜望鏡が突き出してきた。潜水艦の潜望鏡のようだと思い、ギョッとして注目していたら徐々に水中から浮かび上がってきたのは、まごうかたなき潜水艦。二トントラックよりも大きな黒い艦体を喫水線まで現して、再びゆっくり海の中に沈んでいった。

我に返り、そばにいた従兄を大声で呼んで話したが少しも信じてもらえなかった。遠浅の三浦海岸で波打ち際から一〇メートル程度では、物理的にも潜水艦が潜れるはずもなかった。

預けられた伯父の家は、浅草で靴の木型を作る工房を営んでいた。一階が工房で、二階が家族の住居だった。夜間中学に通いながら工房で働いていた頃、夜中に轟音がして窓ガラスがビリビリ鳴った。何かが家の前の道路を走ってくる!飛び起きて一階の出入り口から飛び出すと、小山のように大きな自衛隊の戦車が工房の屋根の庇しをかすめるようにして通り過ぎた。このときも自分以外の目撃者がいなくて、誰にも信じてもらえなかった。

五度目に妙な物に遭ったのは新聞輸送の仕事をしていた三五歳の頃、二トントラックを転がして都内を出発し、第三京浜道路を神奈川県方面に向けて走っていたら、左側の車道のフェンスの方がカメラのフラッシュを焚たいたように白く光った。

見れば、眩しい白金色の光の塊が現われていた。直径一〇メートルほどでミニチュアの満月のようだと最初は感じたが、次の瞬間には、光の球がフェンスに沿ってグーンと伸びて、幅一〇メートルぐらいの帯状になった。

お月様色の帯は、自分のトラックと同じ方向に走っていった。一キロもあるんじゃなかろうかという長さで、ついに完全に見失うまでには何分もかかった。

午前二時前後のことだったが、他にも車は通っていたし、派手な現象だったので、翌日のテレビや新聞で報道されるのを楽しみにしていたが、全然ニュースにならない。

奇妙だなと思ったが、居眠り運転を疑われると困ったことになると思い、それから退職するまで誰にもこのことは話さなかった。

子供の頃からの体験を経て、今や不思議な物に遭いやすいたちだという自覚が出来ているので、結局あれもそういうことなんだろうと解釈するしかなかったという。

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