千波湖の遺留品 顔のない男(茨城県水戸市千波町) | コワイハナシ47

千波湖の遺留品 顔のない男(茨城県水戸市千波町)

偕楽園近くの千波湖は水の都・水戸の象徴でもある湖だ。元々は今の3倍の大きさであり、水戸駅の南口から先まで湖だった。埋め立てによって今の大きさになったといわれる。

今は千波湖周辺は公園が広がり、広い芝生や小川のせせらぎがあり、のどかで自然豊かな美しい場所である。

昭和30年代のことだ。

千波湖のほとりで犬の散歩をさせていたCさん。犬の名はジョン、としておく。Cさんは定年退職をしてのんびりと暮らしていた。実家は大阪だったが、奥さんの家が水戸にあったので、この近くの町に住んでいた。そして愛犬との散歩が何よりの楽しみだった。ジョンは柴犬との雑種で、近所からも可愛がられる穏やかな性格だった。吠えたりもせず、猫とも仲良くできる珍しい犬だった。

ある日、いつもはおだやかなジョンが唸り、吠え出した。特に仲の悪い犬がいるわけでもない。

何か敵がすぐ近くにいるかのように吠えた。いつもはくるんと上向きのしっぽが内側に入っている。異様な緊張感があった。ジョンは何か恐怖におびえて吠えているようだ。

「どないしたん。ジョン、何かいてんのか?」

ジョンはぐんぐんと湖の方へ向かう。どんどん背の高い草の中を進んでいくのだ。散歩中、草むらに鳥や野良猫の死骸があり、それに犬が走っていくところを見たことはあった。

だが、ジョンは今まではそうしたものに走っていく犬ではなかった。猛烈な勢いに足を取られるCさん。よろめいてしまった。

その瞬間に紐が取れて、ジョンは思いっきり行きたい方向に走っていった。

「ジョン! ジョン!」

Cさんには、全速力を出した犬を追えるほどの元気はなかった。

その日は朝から妙な空気感が周辺に流れていた。

普段は白鳥や白鷺が降り立つ千波湖なのに、カラスが異様に発生していた。

カアカアと騒ぎ立てる黒い鳥の集団に、何か寒気に似た胸騒ぎがあった。

「ジョン! 戻ってきい!」

犬笛を吹いた。だがジョンは戻ってこなかった。

周りは背丈ほどのアシや雑草で、ジョンがどこを走っているのかも見えなかった。

元来た散歩道に戻り、ジョンを待つことにした。湖の方から誰か人影が見えた。

もしかすると、ジョンを見かけたかもしれないと思って声を掛けた。

小柄な男性だった。年は3、40代くらいだろうか。背を向けて立っていた。

目が遠かったCさんはその男に近づいて、

「すみません。この辺で柴犬を見かけませんでした? 逃げてしもうて」

と尋ねた。

男は首を横に振り、湖の方を指さした。そして男はCさんに背を向けたまま、

「さ……が……し……て……く……れ……」

かすれるような声で言った。

「探してくれ? 犬を? あのね、見つからへんから聞いとるんやないですか」

Cさんは少しイライラして聞きなおした。男のかすれ声もよく聞き取れなかった。

その男はうつむいていたが、パッと振り向いた。

「うっ!」

Cさんは驚いて声をあげた。

男の顔は真っ黒で何もなかった。

いや、目だけはあった。線を描いたような細い目。

鼻から下は黒い煙のようにもやっとして何もないのだ。

身体も草に隠れているのかと思ったら、よく見ると腰から下がない。

「さ……がし……て……」

男は少しずつユラユラと近寄ってきた。右肩から腕もなかった。

「ひいいい! あかん、来たらあかんで!」

寒気なんてものじゃない、全身の毛が立ちあがるような感覚があり、腰が抜けそうになった。とにかく逃れようと四つん這いになって必死で逃げた。草が邪魔したが、最後は草を握りしめながら足を引きずってハアハアと息をきらして、ようやく道に出た。

「何やあれ……のっぺらぼうか? いや、幽霊には間違いないわ……」

振り返ると、まだ男は草の中に立っていた。いや立ってはいない、浮いていた。

「見いひん。もう見いひんで……」

絶対見たくない。男が見えない場所まで行った。しかしこのまま家に逃げても、ジョンを置いて帰るわけにもいかない。しばらくそこに座っていた。

「ワン! ワンワン!」

ジョンが道の向こうから走ってきた。湖畔を一周でもしてきたのだろうか。ゼイゼイと息を吐いている。口の周りに赤いものがついていた。

「ジョン、何や変なモン喰ってきたんか?」

歯を見ると、肉の破片や血みたいなものがついていた。またそれのせいか、異様な臭気を放っていた。鳥の死骸にしては羽根がない。猫なら毛もあるが……

ふと、さっきの男を思い出した。気分が悪くなってきた。

「帰ろ、家帰ったら水飲んでな、ジョン」

ジョンはCさんの後ろに唸り声を出し、家に着くころにはおとなしくなっていた。

家に帰り、奥さんにさっき見たのっぺらぼうの話をした。

奥さんは笑って話をまともには聞いてくれなかった。普段からCさんが冗談ばかり言う大阪人特有の気質だったせいもある。

その次の日の夕方だった。千波湖の周りに人だかりができていた。

「何や、何かあったんか?」

人をかき分けて前に行くと、警察や消防団の連中が立っていた。近くにいた近所のおばさんに聞くと、

「油缶に何か入ってたのが見つかったって。人の身体がバラバラ入ってたみてえでな。おっかねえなあ。殺人事件だってよ」

「バラバラ? 殺人事件?」

そこから先は立ち入り禁止のロープが張られてしまい、見ることができなかった。

Cさんは昨日見た男の幽霊を思い出し、ゾクッとした。

「あれ、自分の居場所を言いに来たんちゃうか……」

その後の新聞に、この事件の内容が載り、Cさんは更にゾッとすることになった。

顔がわからないように硫酸で溶かされたバラバラの死体が見つかったのだ。

昭和33年、1月13日。千波湖のほとりに不審なオイル缶が置いてあった。

その中にあったのは人の指や鼻、陰茎。

それから機動隊が出て現場を捜索したところ、対岸の湖畔に硫酸をかけられ、そのオイル缶にあったものを切り取られた残りの遺体が発見された。

その事件は、死んだ人に成りすますための犯行だった。猟奇的殺人にみせかけて、お金で人の戸籍を買い、さらに殺すという残忍な手段だった。

そのため、顔を硫酸で溶かし、身元不明の遺体にさせるつもりだったのだが、この被害者は指紋が残っており、前科から身元が判明したのだった。

『水戸身代わりバラバラ殺人事件』と呼ばれ、昭和の事件史でも凶悪な事件。犯人は死刑となった。亡くなった男性は、1万5000円で戸籍を売り、『水戸に行きたい』と言ったので、ここ千波湖で首を絞められ殺された。そして切断された。

なぜ見つかるように遺体が置かれていたのか、指紋を硫酸で溶かさなかったのか、まだ謎の多い事件である。

この犯人は、両親を殺して逃亡を続けていた。身代わり用に、別の人間も殺してなりすまして生き続けていた。

殺された男は、何とか自分を見つけてもらい、恨みを晴らすためにCさんにすがったのかもしれない。だからジョンは吠えたのだろう。

顔のない男に。

犯人こそが、顔のない男そのものだが。

シェアする

フォローする