怪異スタジオ(東京都中野区) | コワイハナシ47

怪異スタジオ(東京都中野区)

今年(二〇一七年)の五月頃、中野区にあるハウススタジオで体験したことだ。

作家などが自作の怖い話を語るビデオシリーズの出演依頼を受けた。女優っぽいことは金輪際やらないと決めているので、演技をしなければならない仕事だったら断るつもりだったが、座って怪談を語るだけでいいと説明されて、出ることにした。

撮影を行ったハウススタジオは、大正時代からそのまま持ってきたかのような古めかしい様式のしもたやだった。覗き窓のついた木製の玄関ドア、濡れ縁、ガラス障子の掃き出し窓。

平屋造りでこそないが、全体の印象は、大正時代に大流行し、第二次大戦後も東京近郊では昭和三〇年代ぐらいまで造られていた文化住宅風である。私が幼かった昭和四〇年代にはまだ、和洋折衷のこういう家を都内の随所で見かけた。

午前一一時、出迎えてくれたプロデューサーに連れられて、玄関のすぐ右横の部屋に入ると、監督ともう一人の出演者である男性が撮影の準備をしていた。男性は講談や落語のように怪談を語ることを職業としているプロの怪談師で、監督とは顔見知りのようだった。部屋は、肘掛け椅子と暖炉などがある、英国のビクトリア調様式を写真でしか見たことがない日本人が再現したようなしつらえで、すべての調度品が古びている。

二人に挨拶をし、今日の撮影の段取りについて監督から説明を受けた──曰く、怪談師と私は同じ画面に納まることがない。また、怪談師の出番を先に撮影するので、小一時間、控室で待ってもらうことになる──。

「それから、カメラが回っているときは二階に行かないでください。足音がマイクに入ってしまうから」

「わかりました」と私は監督に答えた。と、そのとき、天井がミシッと鳴った。

「ああ、またですか……」とプロデューサーが変にこわばった笑みを浮かべた。「怪談にぴったりの情緒のあるスタジオだから、僕は気に入ってるんですけどねぇ……」

「こないだなんか、ドーンって、ねぇ?」と監督はプロデューサーに話しかけた。「あのときは部屋が揺れたからね!地響きがした。二階には誰もいなかったのに、突然、ドーンと何か重いものが落ちたような音がして、本当にびっくりした」

監督とプロデューサーによると、この家には何者かが棲みついていて、撮影で訪れるたびになんらかの怪異に見舞われるそうだ。二人とも真顔で、冗談を言っている雰囲気ではなかった。以前出演した霊感が強い女性は、幽霊が見えると言ってとても怯えていたとか。

「だから明るいうちに撤収したいので、すぐ始めます。ささ、川奈さんはこちらへ」

プロデューサーは幽霊の存在をすっかり信じ込んでいるようで、そそくさと私を控室に案内した。促されて一緒に応接室を出ると、すぐ目の前に階段の入り口があった。

さっきの怪音は二階から聞こえた。そう思って階段の下から上を覗いてみたら、二階の壁に薄い影が映って、かすかに揺らめいていた。

「上はなんです?」

「介護ベッドがある寝室と、和室です」

揺れている影は、どちらかの部屋の窓のカーテンが作っているのだろう。しかし住宅街のスタジオで撮影するときは、通常、町の生活音を遮断するために窓という窓を閉めておくものなのだ。風が入らなければカーテンは揺れない。

気になったが、もう怪談師のパートの撮影が始まっているので、二階のようすを見に行くわけにはいかなかった。プロデューサーにくっついて、窓の外に濡れ縁を置いた和室を通り抜け、窓辺の廊下を進んで、突き当りの部屋に入った。

そこは、六人掛けの食卓とソファーセット、テレビなどが置かれている、いわゆるリビングダイニングで、これまで見てきた部屋とは雰囲気が異なった。他が大正から昭和初期風だとしたら、ここだけは昭和五〇年代風と言おうか。

南向きの掃き出し窓にもアルミサッシが嵌はまっている。北側の壁側に台所セットとお勝手口が並んでいて、西側の奥に浴室と洋式トイレがあった。玄関の近くにも和式トイレと浴室があり、和室と廊下を挟んで反対側にも台所があったのだが、こっちにもある。

さっき見た階段の場所から二階の二室の位置を推すと、廊下の突き当りから先の部分は平屋のようだし、おそらくここは後から増築したのだろう。

プロデューサーは、ここを控室として使ってほしいと私に言い、去り際にドアを閉めて部屋から出ていった。

台所も浴室もトイレもあり、食卓もソファセットもあって、ここだけで暮らせる造りだ。親が建てた家に子供の家族が同居することになって、二世帯住宅にしたのだろうか。

古い家に歴史ありだな、と、実家や祖父母の家のことなども思い出して感慨に浸っていたところ、カチャリ、と、お勝手口の方で金属音がした。

反射的に振り向くと、ドアノブに付いたロックのつまみがゆっくりと動くのが見えた。

横一文字になっていたロックのつまみが、ひとりでに縦に向きを変える。

──カチャッ。

ギョッとして目が離せなくなった。

──キーッ。

イヤな音を立ててお勝手口のドアが開き、温度の低い風がさっと吹き込んできた。

大きく開いたドアの外に、埃っぽく乾いた地面と柵さくが見えた。

誰もいない。どう見ても、誰かが出て行ったか、入ってきたとしか思えない状況なのだが、ここにいるのは私だけ。

閉めに行きたいが、近寄るのも怖い。しかし開けたままにしておくのも何だか恐ろしい。結局、おっかなびっくりお勝手口に近づいて、思い切ってドアを閉めた。しっかり鍵を掛ける。

ドアノブを押したり引いたりして、容易には開かないことを確かめた。しっかり施錠されている。しかし先ほどもロックされていたのだ。

「川奈さん」

急に呼ばれて息が止まるかと思ったが、廊下側のドアを開けてプロデューサーが顔を覗かせていた。

「ノックしたんですけど」

「ごめんなさい、気がつきませんでした。今、お勝手口のドアが、ひとりでにロックが外れて開いちゃって、ビクビクしながら閉めたところだったんです」

プロデューサーは、おそるおそるという足取りで勝手口に近寄って、「お勝手口なだけに、勝手に開いたわけですか?」と駄洒落を言いながらドアノブに触れた。

「……普通のドアですね。とりあえず、お弁当を食べましょう。あっちの和室で食べることにしますかね?」

怪異が起きたばかりの部屋で食べるのもね……、と私も思った。

和室では、小さなヘアピンが卓袱台のそばに落ちていたぐらいでとくに何も起こらなかったが、ヘアピンを拾った刹那に、還暦ぐらいの年輩の女性の姿が思い浮かんだ。だから怪談師が「この家、今でも誰か住んでる雰囲気ですよね?」と話しかけてきたとき、「おばさんがいるような気がします」と返したら、プロデューサーが「そんなことをサラッと口にする川奈さんが怖い」と笑顔で言った。監督もニヤニヤしている。怪談師も楽しそうだ。

みんな怪異慣れしているなぁ、と感心した途端に、また天井がギシッと鳴った。

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