峠攻め(長野県) | コワイハナシ47

峠攻め(長野県)

SNSで知り合った会社役員、織田さんが中学生の頃に体験した話。

「中学生の頃、東京で下宿していた当時大学生の兄と二人で長野県のスキー場に行った帰り道での出来事です。その頃、兄は車を持っていて、運転には相当に自信があるようでした。弟の贔屓目から見てもなかなかの腕前だったと思います。そのときは兄の車で長野と東京を往復したのですが、往路では、これといって変わったことは何も起きませんでした」

二〇一七年(平成二九)現在、昨今の若者は車離れが著しいが、昭和四〇年代半ば生まれの織田さんが中学生だった昭和五〇年代後半頃は若い人たちの自動車所有率が高かった。

「走り屋」「峠攻め」という言葉が生まれて普及したのも、ちょうどこの頃だ。

公道を高速で走る技術を競う、いわゆる「走り屋」を主人公にした池沢さとしの傑作マンガ『サーキットの狼』の初出は一九七五年(昭和五〇)。「走り屋」は一九七〇年(同四五)頃に、それまでの暴走族から分派したと言われている。単に過激に暴走するのではなく、運転テクニックを先鋭化することに集中する「走り屋」は、少年たちの憧れを集めた。

そして「走り屋」と言えば「峠攻め」だった。急カーブの多い峠道を時にドリフトしながら走行する「峠攻め」は難易度が高く、多くの死傷者を出した。しかし危険であればあるほど、青少年を惹きつけたのだった。

さて、織田さんの話に戻る。夜中になり、兄が運転する車は碓氷峠に差し掛かった。

助手席の織田さんは、中学生の身分ではこんな機会でもなければ体感できない「峠」に胸を弾ませていた。兄の車はコロナ・クーペ。当寺の若者に人気があったスポーツカーだ。兄は「走り屋」ではなかったが、そこは気分である。

碓氷峠は「峠攻め」スポットとして有名だった。群馬県安中市と長野県北佐久郡軽井沢町とを結ぶ国道一八号の碓氷峠の区間はコーナーカーブが一八四個もあった。一九七一年に国道一八号のバイパスである有料道路(当時。現在は無料)の碓氷バイパスが開通すると、旧道が全国の「走り屋」のメッカになった。一九九三年に上信越自動車道が開通してからは交通量も減り、「走り屋」たちも去って久しいが、織田さんたちが訪れた頃は車やオートバイで馳せ参じるツワモノだけでなく、彼らを見物するギャラリーも路肩に集って、真夜中までにぎわっていた──はずなのだが。

「不思議なことに、碓氷峠の旧道の入り口を通過しても一向に車と擦れ違わないんです。気がつけば、私たちの前にも後にも車もバイクも見えなくなっていました」

何度も碓氷峠に来たことがある兄は「珍しいなぁ!」と驚いた。

兄によれば、この辺りは深夜でも交通量が落ちないということだった。織田さんも、行きにここを通ったときには、「走り屋」のスポーツカーやレーシングタイプのバイクを何台も見ていた。それが、一台もない。

「おかしなことはそれだけじゃありませんでした。旧道を進んで行くうちに、だんだん道幅が狭くなってきたんです。いつの間にか道の真ん中近くまで左右から木々が枝を伸ばしているところを走っていて、しかも道路の舗装がボロボロになっていることにも気がつきました。兄は『なんだここは?こんなとこあったっけ?』と不安そうでした。一本道だから誤って違う道路に出てしまうはずがないので、とても奇妙な感じでした」

織田さんたちは心細くなりながら、引き返すことはせず、前に進んだ。

しばらく走ると、前方に小型トラックが見えてきた。荷台に幌骨を付けてシートを装着した、なんの変哲もない二トントラックで、非常にゆっくりとしたスピード、おそらく時速三〇キロメートル前後で走っている。

織田さんはホッとして「車いたね!」と兄に話しかけた。兄も安堵した表情だった。

「でも、兄のスポーツカーの方が断然速かったので、すぐに追い抜いたのです。抜き去るときに見たら、本当に普通の小型トラックでした。ところが追い越した途端、スピードを上げて私たちの車の後ろにぴったり追尾してくるじゃありませんか!兄は『おお!トラックのくせに煽ってきやがる!』と叫ぶと、加速してまっしぐらにカーブに突っ込んで行きました。無論、私たちがぶっちぎることを想像してました。私はGを受けながらドアミラーを見てました」

しかし、小型トラックは兄のスポーツカーのスリップストリームにべったりと入り、コーナーを猛追してきた。

「おいおい!なんで?」

「お兄ちゃん、アイツめっちゃスゲーじゃん!」

「よし、もう一度!」

兄は、次のコーナーに前よりもスピードを上げて突入した。しかしトラックはスリップストリームのまま喰いついてきた。車高があるというのに車体が傾くこともない。

「スッゲー奴だ!」と兄は感嘆した。「よぉし、もう一回気合い入れてやったる!」

兄は明らかに尋常ではなく高揚していた。スピードや荒々しい運転に対して、このときは織田さんもなぜか全然怖さを感じなかった。

三つ目のコーナーに入るときは、もう織田さんたちの車はドリフトする寸前だった。

タイヤが横滑りしはじめ、軋むような音を立てる。かなり危険な状態だが、トラックも猛烈な勢いで追ってきた……と思ったら、突然、織田さんが見ていたドアミラーの中からパッと姿を消してしまった。

「わあ、事故りよった!」

兄も気づいて大声を出した。コーナーを抜けきる前だったが、ブレーキを踏んで減速し、コーナーの出口で停車した。

織田さんは兄と車を降りて、道を駆け戻った。やはりトラックには無理な速度だったのだと思った。横転したのだろう。乗っていた人を助けなくては、と焦った。

けれども、カーブをどこまで戻っても、小型トラックはおろか何の気配もなく、また、交通事故の痕跡もなかった。夜道に突き出した木々の枝が風に揺れているだけ。

そのとき、事故に伴うはずの音を一切、耳にしていなかったことに織田さんは思い至った。

「なんだ今のは?なんだったんだアイツは?」

恐怖を覚えた織田さんたちは、走って車に戻り、大急ぎで碓氷峠を駆け下りた。

車が走りだすと同時に、舗装が剥げて汚らしかった道がみるみる綺麗になり、周囲に車が現われた。往路に通ったときと同じ碓氷峠の旧道の景色だ。

それからは奇妙なことは何も起こらず、無事に旅を終えることが出来た。

「いったい、あのトラックはなんだったんでしょうね?そして、あの道は?私たちはどこを走っていたんでしょうか……。未だに理解できません」

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