呪われた恋人(東京都目黒区) | コワイハナシ47

呪われた恋人(東京都目黒区)

現在は執筆業を営んでいる木林さんは、大手広告代理店の子会社に勤めていた二九歳の頃、とある女性と恋愛関係にあった。1999年(平成11)前後のことだ。

あるとき彼女がそれまで暮らしていたところから、目黒区の五本木に引っ越すことになった。彼女はわけあって母親と二人暮らしで、自身も両親を早くに亡くして妹と二人で暮らしていた木林さんは親近感を覚えていた。知り合ったきっかけこそ彼女が働くクラブに客として訪れたことだったが、その頃には彼女の母親にも紹介されており、結婚を視野に入れて真剣に交際していた。

彼女の新居は築三〇年の賃貸マンションの一室で、間取りは2LDK。母親と二人暮らしするにはちょうどいいと彼女は言った。

木林さんはどうしても外せない用事がたまたま出来て、引っ越しの手伝いには行けなかったが、彼女によると、室内は新築同然にリフォームされていて、母親も暮らしやすそうだと言って喜んでいるということだった。

木林さんは、近いうちに新居を訪ねて引っ越し祝いをする約束をした。何も心配していなかったのだが、引っ越した日の翌朝、彼女が電話を掛けてきた。

夜の仕事をしている彼女が朝に電話を掛けてくることは珍しかった。

「どうした?ガスや電気で何かわからないことがあった?」

「ううん。そうじゃなくて……。やっぱり止すわ。気のせいかもしれないし」

「何?気になるじゃない。話してよ」

「……あっ、お母さんが起きてきたから、またあとで電話する」

そこで通話を終えたが、夜になっても彼女から連絡がないので、木林さんはクラブに会いに行ってみようと思った。ところが店に到着する前に仕事上のトラブルで職場に呼び戻されてしまった。

翌日は、木林さんから彼女に電話した。「大丈夫?」と訊ねると、「う、うん」と返事がおぼつかない。やはり何かあると直感して追及すると、彼女は重い口を開いた。

「この部屋、オバケが出るみたい。廊下で足音がしたり、お母さんが掃除をしたすぐ後なのに長い髪の毛が落ちていたり。お母さんは気のせいだって言ってるけど……」

そのとき、電話の向こうで彼女の声が妙に遠くなった。

「……お……だ…………して…………でも……」

「ん?よく聞こえないよ。なんだって?」

「……から平気よ。じゃあ、またね」

「えっ、ちょっと!」

一方的に電話が切られてしまった。少しモヤモヤしながら妹にこのことを話すと、彼女に会ったことがある妹は「女の生霊じゃない?彼女、クラブで売れっ子だし、美人だから」と笑いながら言った。

そう言われてみれば、都心のマンションに引っ越したことなども含めて、彼女はたしかに同性から嫉妬されそうな女性だと木林さんも思ったが、生霊なんて存在するわけがない。妹も冗談で言っているのだし……。

その後大きな仕事が入り、数日間、彼女とゆっくり電話で会話することも出来なくなった。休みが取れたらデートする約束をメールで取り付けて、その日を待ちわびた。

デート当日、約束した場所に現れた彼女の姿を見て、木林さんは驚いた。

一目見てわかるほど痩せて、やつれていたのである。「どうしたの!」と訊ねると、彼女は目に涙をためて「頑張って気のせいだと思おうとしたけどダメみたい」と答えた。

「私、見ちゃったの。廊下を女の人が歩いてた。一度きりじゃなく、何度も……」

真っ直ぐなロングヘアの女が廊下を歩いて、彼女の寝室に入っていくのだという。

女はワンピースを着ているようだが、全身が灰色にぼやけていて、顔立ちや細かなところはわからない。「若くて綺麗な人だという気がする」と彼女は言った。

その日は「何かあれば力になるよ」と励まして、精のつくご馳走を食べさせ、母親にあげるお土産を持たせて、帰りはタクシーでマンションの建物の下まで送った。

部屋について行くつもりだったのだが、マンションに到着する寸前に携帯電話に着信があり、彼女が気を遣って「ここでいい」と言ったのだ。直後に間違い電話だったことがわかったが、そのとき彼女はすでに建物の中に消えていて、タイミングを逃した恰好だ。

木林さんはそれからは毎日彼女と密に連絡を取ることを心掛けた。彼女も一回話してしまって安心したのか、体験した怪奇現象について逐一報告してくれるようになった。

日を追うごとに怪異の頻度が増していっているように感じていた矢先、明日で引っ越しから一ヶ月目という日の夜一〇時、木林さんの携帯電話に彼女から着信があった。

「助けて!さっき、知らない女に、お風呂で髪を引っ張られた!」

シャンプーしている最中に、後頭部の髪の毛をむんずとつかまれて思い切り引っ張られたそうだ。力づくで頭を引き起こされたら、自分の背後に立つ見知らぬ女が目の前の鏡に映っていたのだという。女の顔は灰色にぼやけて細部が見えなかったが、憤怒の表情だということはわかった。悲鳴をあげた途端、女の姿は掻き消えた──。

髪がゴッソリ引き抜かれてしまったと涙声で話すのを聞いて、木林さんは居ても立ってもいられなくなった。またしても携帯電話が何度か鳴ったが、今度はお構いなしに真っ直ぐに彼女のもとへ駆けつけた。そして部屋のドアを開けてもらったのだが……。

「僕は一歩も中に入れませんでした。物凄く邪悪な感じが部屋じゅうに渦巻いていて、とにかくすぐにここから出ろと叫ぶのが精一杯でした」

彼女と母親は木林さんに素直に従って、身の回り品とわずかな着替えだけ持って部屋を出た。それきり彼女たちがここに戻ることはなかった。次の引っ越し先が決まるまでのホテル代は木林さんが負担し、引っ越しは業者に任せた。

ホテルに移動したらたちどころに怪奇現象が止んだ──彼女と母親の周りでは。

「お兄ちゃん、何か連れてきたでしょう?」

妹と同居するマンションに深夜帰宅し、翌朝、起きてみると仏壇の御鈴と御座布が上下逆さまになって、鈴が鳴らせないようにされていたのだ。妹に睨まれた木林さんは死にそうな気分で、「それどころじゃないよ!」と返した。

「なかなか寝つけなくて、ようやく、うとうとしかけたとき、息苦しくて目が覚めたんです。そしたら僕の胸の上の何か座ってたんです。狐か犬か何か……動物みたいに見えました。重くて息が出来なくて、苦しくてたまらず、気を失ってしまいました」

木林さんは取材を通じて、千葉県市川市にある「中山法華経寺」に行けば徳の高いお坊さんにお祓いをしてもらえることを知っていた。木林さんは「エクソシストみたいな行者さん」と私に説明したが、中山法華経寺は、心身を物理的に痛めつけて苦しみに耐えた者だけが秘法を授かるという、日蓮宗の修行「荒行」を今も行っている数少ない寺院だ。

命を落とす者もいるという危険な荒行により秘法を得た行者には、どんな霊障をも祓う力があるという。木林さんは妹を連れて、すぐに中山法華経寺を訪れた。ところが彼を見た途端、霊験あらたかなはず僧侶が腰を浮かして逃げを打った。

「私には無理だ!もっと力のある行者を紹介するから一週間後にまた来なさい!」

そこで翌週のその日まで毎晩、謎の獣に胸に乗っかられる羽目になった。結局は紹介された高徳の僧侶がしっかり霊障を取り除いてくれたから幸いだったのだが。

お祓いをしてくれた僧侶によると、彼女を呪い殺そうとしていた何者かが、邪魔をした木林さんに対して激怒していたということだ。

それから間もなく、木森さんと彼女は別れてしまった。合うたびに恐いことを思い出してしまうので、お互いに何となく気まずくなったことが原因かもしれないと木林さんは言う。

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