海辺のひと 大洗海岸(茨城県大洗町) | コワイハナシ47

海辺のひと 大洗海岸(茨城県大洗町)

「夜明けの晩に鶴と亀がすべった籠の中の鳥はいついつ出会う」

各地で毎年起きる水難事故。大洗海岸にも時折、水死体があがる。

浜に遺体が上がる前は、海に不審な明かりやオレンジ色の浮きが上がったり、月が異様に大きく赤くなるなど、昔からいわれがある。

井田さんが大学生の時、日本一周の自転車旅行をしていたときのことだった。井田さんは自転車サークルに入っており、日本の海岸線をぐるっと一周する予定だった。

一緒に走っていたFさんは埼玉の高校時代からの仲間。卒業記念にこの自転車旅行を計画した。Fさんは色白で端正な顔立ちだった。

それにひきかえ、井田さんは岩のようにゴツゴツした、いかにも精悍そうな男性だった。

そんな彼が大洗海岸で体験した話である。

大洗の砂浜でテントを張ろうかと話していた時だった。

白っぽい浴衣を着た女性が後ろからやってきた。かごめかごめを歌いながら。どこか艶があり雰囲気のある美人だった。

「どこに行くの?ここに泊まるの?」

と聞いてきた。美人に話しかけられたので、2人は笑顔で答えた。

「日本の海岸を周ってるんです。明日は福島まで行くつもりです」

「偉いねえ、でも雨が降るんじゃない?テントじゃ大変でしょう?」

確かに空模様が怪しく、星も月も出ていなかった。

「どこか安く泊まれる場所ありますか?」

と聞くと

「まっすぐこの道を行って、右側に安いホテルがあるから、そこに行くといいわ」

遠目にホテル群が見えた。井田さんとFさんは、お金がないけど、そうするか……と話していた。美人はじっと2人を見ている。

「ありがとうございます」

と答えると、彼女はにっこり笑って去っていった。

「こんな品がいい女性もいるんだなあ。美人だったよな」

「浴衣だったし、この辺りの高級旅館に泊まってる人じゃないのか?」

そう話していると、パラパラ雨が落ちてきた。

教えられたホテルに行ってみると、いかにも安くてボロそうな廃墟のようなラブホテルしかなかった。それでも満室だった。受付の人に、他に部屋が空いてないか聞くと、

「改装中の部屋ならありますが……お値段も半額にしますけど……」

「そこでいいです! でも、水道が使えないとかじゃないですよね?」

「あ、いえ、そういったのは大丈夫です」

貧乏旅の学生にはありがたい申し出だった。Fが少し顔を曇らせた。

「おい、井田、もしかしたらいわくつきかも知れねえぜ?」

「いいよ、朝までの話だろ?お前も一緒だし、なんかあったら抱き付こうぜ」

「よせよ、気味悪い。そっちの方がキモいわ」

冗談を言いながら部屋に入った。

入った瞬間、何だか空気が重い。電気も薄暗かった。

「なんか、暗くないかあ? この部屋……」

「ラブホなんてこんなもんだろ。もしかして入ったことねえのかよ!」

「あるに決まってんだろ。だから変だって言ってんだよ!」

と井田さんは強がりを言った。実はそんな彼女もいない。いたら、こんな旅行してるかよ……と思いながら、ぐるっと珍しそうに部屋を見てまわった。

「F、これのどこを改装してんだろうな」

「そうだな……この絵なんか変じゃねえ? 裏にお札貼ってあったらビンゴだな」

そう言うと、壁の画をぐいっと裏返した。壁にお札が貼ってある。

「……やっぱ、やべえよ。この部屋」

Fは少し震えてるようだった。

「息が詰まるな、窓開けようか」

ところが目張りしてあって、ベランダに続く窓もドアも開かないようになっている。

「こういうホテルは開かないようになってんだよ。支払いせずに逃げたりできんだろ?それとさ……自殺させないように」

Fは窓の方を見て、また青い顔になった。何か変なものでも見えたんだろうか。

テレビを大音量でつけて寝ようということになり、2人で背を向けてダブルベッドで寝た。いくら怖くても、野郎と抱き合うのだけは嫌だ。

夜中の3時くらいだろうか、隣で声が聞こえるので起きた。見ると、Fが寝ているベッドの横に、さっきの浴衣の女性が立っていた。

(あれ、何でここに?)

と思った瞬間、その彼女はFの上に馬乗りになった。浴衣の裾が大きくめくれている。白い太ももが露わになっている。そして胸も大きくはだけていた。

苦しそうなFの声に合わせるように、腰を振っているようにも見えた。

まさかこの女の人、Fと……?

「うっうっ」

Fが苦しそうなうめき声を出している。

(この人と何やってんだろ?)

「あっあっ……ダメだ……ダメだって……あっ」

さっきよりFのうめき声がひどくなっている。叫び声に近い。

「ああ、逝く、もう逝っちゃうよ……あああ」

Fの苦しそうな声が響くが、何だか喘ぎ声に変わっていく。

井田さんは背中を向けた。

(夢だ夢だ! 絶対夢だ! だって、女が一緒についてきているわけがない)

と思いこんで目を閉じた。

そう思うしか逃げ道がないと思った。もしかしたらこの女は、自分にも襲い掛かってくるかもしれないが、その時はどうしよう……? 恐怖と好奇心が一斉に襲う。

そのうち深い眠りについた。

「起きろ!」

眠ってから2時間ほど経った朝方、井田さんはFに起こされた。

「起きろ! もう出よう、この部屋!」

Fは井田さんを連れて風呂場に行った。排水溝に真っ黒な長い髪の毛がたくさん落ちて詰まっていた。昨夜入ったときはそんなものなかったのに。

「この部屋で殺されたんだ! あの女が……昨日すごい変な夢見てさ……」

「F、よそう。そんな話は今は聞きたくねえよ。わかった、出よう!」

井田さんは、それ以上は話を広げないようにした。Fも何の夢を見たか言わなかった。

とにかく走るようにしてこのホテルを出た。夜が明けたばかりだった。水平線の朝陽が岩場の神社の鳥居を際立たせていた。そのとき2人の耳元で、

「だあれ」

と、女の声が聞こえた。自転車で転びそうになりながら走って逃げた。

井田さんは、後でこのホテルの受付に電話をしてみた。

○○の部屋で亡くなった女性の弟です……と嘘をついて。

すると意外な答えが返ってきた。

「女性? そういう事実はないですね……」

「……やっぱり、わかりませんよね、僕、あの、その……」

「亡くなったのは男性ですけど……どの方になりますか? お名前を」

井田さんは言葉を失った。この部屋では複数の『男』が死んでいたということか。

Fも井田さんも元気だが、Fは20年経った今でも結婚していない。

一度性霊に遭うと、人間では物足りないと聞くからな、と井田さんは笑って言った。

「籠の中の鳥はいついつ出会う。夜明けの晩に……」

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