袋田の滝(茨城県久慈郡大子町) | コワイハナシ47

袋田の滝(茨城県久慈郡大子町)

『月居トンネル』を抜けた先にある袋田の滝は、冬になると滝自体が凍結する。紅葉の季節などは観光客でにぎわうが、凍結した冬の滝は特に美しい。

日本三名瀑に数えられ、高さ120メートル、幅73メートルの大きさを誇る。

観光名所として名高いが、自殺のメッカでもあると噂されてきた。

長井さんがまだ若かった頃だ。5歳の娘を連れてこの滝を見に行った。9月の水量の多いころで、まだ新月居トンネルができた後だと記憶していた。

旧月居トンネルは明治の頃に完成した、海産物などを運ぶために作られた隧道であり、車が行きかうにはかなり狭いところでもあった。湿気が多く、どこからか水のシミがある。

それが人の形に見えるときもあり、そのたびに背筋が寒くなる。

長井さんは古いトンネルが好きではなかったが、新しい2車線のトンネルができてからは安心して運転できると思っていた。

だが、どのトンネルでもそうなのだが、運転中に何となく体が重くなるのだった。

新月居トンネルに入ると、急に娘が泣き出した。

「どうしたの?」

と聞くと

「みんなが覗いてる!」

という。

なんだか胸騒ぎがして、開いていた運転席のドアを片手で閉めた。

「キュッ」と完全に窓が閉まる音がした。それを見て、また娘は猛烈に泣いた。

外に出て確認すると、窓ガラスに一杯手形がついていた。

もちろん、外側からつけられた跡だった。

娘に聞くと、トンネルに入ったとたん、ワーッと体が浮いた人たちが車に寄ってきて、ガラス窓に張り付いてはくっついてきた、と言うのだった。

子供の言う話だとは思ったが、それを聞いて背筋がぞわっとした。

袋田の滝は、釣り橋からは真横に見ることができ、展望台からは滝の近くを見ることができる。高台の展望台からは絶好の記念撮影場所で、ここまで登るつもりでいた。

ところが、娘がまた泣きだした。

「今度は何?」

長井さんも少しイライラして言った。娘は滝を指さして

「おじいさんが睨んでる」

というのだ。そして絶対上まで行きたくないというのだ。

惹きこまれて行くような滝に、長井さんも少し足を取られながら、泣き叫ぶ娘を連れて戻った。こう泣いていては、抱っこした瞬間に暴れて落っことしそうな気がしたからだ。

滝が見える場所で泣いている娘を抱いて、写真を撮ってもらった。

その時の写真を見ても、変な人が写っているわけでも何でもなく、アルバムに入れておいた。滝の迫力に押されて、娘は泣いたのだろうか。

「あの子、一体何を見たのかしら?」

それからは、袋田の滝に行くことはなかった。

それから20年ほど経ち、娘が結婚することになったので、アルバムを整理していた時のことだった。

「あ、これこれ、すごく覚えてる!」

娘が朗らかにその時の写真を見て言った。

「トンネル通った時、おっかなかったの覚えてんだ〜」

「そうよ。あの時はお母さんもおっかなびっくりで連れてったから、どうしようかと思ったわ〜。あれ、何で泣いたの?」

娘は笑って言った。

「たくさんの人が一斉に車に向かって飛び込んできたんだあ。お母さんがどんどんひき殺していくから、その人たちの腕とか顔とかがガラスにぶつかって血だらけでねえ」

長井さんはゾッとしながら話を聞いていた。

「でね、最後に飛び込んできた人が、お母さんのいる運転席の窓から入ろうとしたんだけど、窓閉めたから、首チョンパ。生首だけ車内に入ってきたの。それが一番怖かったなあ」

この子、大丈夫かしら……平静を装って長井さんは穏やかに話した。

「え……だから、あんなに大泣きしてたのね……。お母さんそんなの全然気づかなかった」

娘は話を続けた。滝の写真を眺めて、

「そうそう、この場所も覚えてる」

「あなたは滝を見ちゃあ泣いてねえ。あれも幽霊見て泣いたの?」

娘は首を振った。

「ううん。あの時はお母さんの背中にお爺さんが乗っかってたから。その人がどんどん大きくなって、お母さんが後ろに落っこちそうだったから、もう上まで行きたくないって言ったつもりだったんだけど……」

「そ、そうだったのね。そういえば体が重かった気がするねえ、そのお爺さんはどこでいなくなったの? 背中にしょってたんでしょ?」

娘は笑って言った。

「家までついてきて、あの額の中に入ったよ」

と指さした。

長井さんの祖父の遺影だった。

娘が生まれる前に亡くなったのだが、長井さんの母と折り合いが悪く、絶縁状態だった。失意の中で孤独死した人だった。

「そうか、一緒に遊びに行きたかったのかもね。それとも、お母さんたちをこれからも見守ってるよ〜って言ってたのかな」

困難があっても、孫はかわいかったのだろう。

今まで幸せにやってこれたのは祖父のおかげかな、と思って聞いていた。

娘は表情が曇った。だが、にこやかに言った。

「ううん。『滝で突き落とそうと思ったのに、お前が邪魔するからだ!』って怒られたよ」

「えっ……」

「お爺さんに怒られたから、泣いたの」

長井さんはぎょっとして、にこやかに笑う祖父の遺影を見た。

よく見たら笑っていなかった。

そして娘も笑ってはいなかった。

シェアする

フォローする