「電車とホームの隙間がかなり開いております。お気をつけてお降りください」
常磐線でのアナウンスを聞くと、つい、その隙間を覗きたい衝動に駆られる。
真さんが『特急ときわ』に乗ったときのことだった。
都内から日立へ戻るため、終点の勝田で普通列車に乗り換える予定だった。
ところが、その日はなんだか気分が悪く、頭痛に吐き気がし始めた。
(なんだ? この匂いは……)
どうも異臭がする。アンモニア臭だ。電車のトイレの消臭機能がおかしくなったんだろうか。座席を見まわしたが、変な乗客がいるわけでもなさそうだ。
特急は指定席になるので、別の席に移れないか車掌に聞きに行こうと思って席を立った。
しかし先頭車両なので、車掌がいるのは一番後ろか……仕方なく外の空気を吸いに出ようと、到着した土浦駅で一度ホームに降りた。
ホームに降り立つ時、足もとに何か違和感があり、電車とホームの隙間を見た。
血だらけの人の顔があった。
顔半分は血だらけで、砂利みたいなものがべったりと付いた赤と黒が混じったような顔、髪の毛は皮膚ごとそげているのか、見当たらなかった。
ただ、目だけはランランと光って飛び出ていた。顔が半分電車の下からニョキっと出た感じだ。これは……何だ? もちろん生きてる人間じゃないのはわかった。
「うわあああ……」
真さんは声を漏らし、ホームに降り立った。
この電車に乗っていたら何かある、真さんはそう直感した。
土浦のホームに降りたまま、その特急には乗らずに見送ってしまった。少し休んで、次に来る普通電車に乗ろうかと時刻表を見ていたときだった。
電子掲示板に「電車遅延」のお知らせが出た。
「人身事故のため、土浦〜勝田まで上下線運転見合わせ」
真さんはハッとして、駅員に聞いた。
「人身事故って……さっきのときわですよね?」
駅員は乗客の対応で忙しそうだったが、
「……そうですね。友部か赤塚で起きたようです」
土浦の先で飛び込みがあったそうだ。この車両かどうかはわからないが、その可能性があるとのことだった。あのまま乗っていたら、先頭車両だったので嫌なものを見たかもしれない。
事故後、ときわの先頭車両にべったりと人の血がついたまま走っていた、と目撃情報もあった。あの隙間から飛び出した顔、それはこの先の予見だったのかもしれない。
それ以来、真さんは「ホームと列車の隙間」を見るのが怖いそうだ。
つい、引きずりこまれるような感覚があり、ホームにいると誰もいないのに押されるような感覚もあるそうだ。
意味なくホームから線路を覗きたいという感覚に襲われるときは、気を付けた方がいい。背中に黒い影が立っている可能性があるという。
僕も時々電車のホームから線路を見ると、何となく引き込まれるような気がする。だから一番前には並ばないようにしている。こうした話を書いているせいか、危険な場所で背後に誰かに立たれるのが怖くなってもいる。
「いつか、僕も黒い影に引き込まれますよ。今までの体験は、その暗示なんですよ」
真さんはそれでも電車が好きで写真を撮り続けている。
何かに憑りかれたかの如く。