特攻隊 命果てる時(茨城県阿見市 予科練平和記念館) | コワイハナシ47

特攻隊 命果てる時(茨城県阿見市 予科練平和記念館)

敵艦の上空にて、ゼロ戦に乗った特攻隊員の最期はモールス信号の音だった。

信号の内容はこうであった。

「○○号機、我、敵艦上空にあり。今から降下」

『降下』の言葉はツーっというモールス音を片手で打電、そのまま押しっぱなしにして、別の手で操縦管を握りしめ降下する。ゼロ戦ごと体当たりで敵艦に突っ込む瞬間だ。

「ツーーーー、 ドカーン!!」

という爆発音と共に特攻隊員の生涯が終わる。

このモールス音が消える時、それが隊員の戦死の時刻とされていた。

途切れた瞬間に

「お父さん、お母さん、さようなら」

という言葉が聞こえるようだと、信号を受ける通信兵たちは感じたという。

しかし、その言葉は打電できずに、桜のように散った命がたくさんあった。

霞ケ浦ほとりの旧海軍の土浦航空隊は、予科練航空隊となり、現在は予科練記念館、予科練平和記念館と立ち並ぶ。隣には陸上自衛隊の武器学校がある。とにかく広大な敷地である。

安田さんは海軍とゼロ戦マニアの雑誌記者。この記念館にやってきて大はしゃぎだった。

「うわー見ろよ! 回天の実物大だ! これで敵艦に突っ込んで肉弾攻撃したんだよなあ」

『回天』とは、人間魚雷兵器であり、アメリカの戦艦を沈めるための兵器の1つであった。

私が安田さんとここに来たのは、戦争遺産の取材があったからだ。

10代後半から20歳までの頭脳明晰で身体能力に優れた少年兵を集め、厳しい訓練の中、最終的には特攻兵として育成していた。予科練記念館の横に、公園と銅像がある。ここには若い特攻隊員と予科練の制服を着た2人の銅像がある。

この公園はパッと見た限り、芝生に大きな石が何個か置かれている。実は戻ってこれなかった飛行兵のために、日本各地の石を7つ置いてあるのだ。7つの海、7つの大陸をイメージしてあるため、芝生もこんもりと丸い形をしている。

それを臨むように銅像がある。

「この公園、何か石が変だよなあ。これ何か意味なくねえ?」

安田さんはその芝生にぐんぐん歩いて行った。

「立ち入り禁止って書いてあるよ!」

と注意しても、聞こえないのか歩き回っていた。安田さんは時々声が聞こえていないようだった。

予科練記念館の入口に山本五十六海軍大将の銅像がある。中には亡くなった方々の写真付きの紹介が載っていたり、特攻兵が使っていた電気防寒具なども展示してあった。驚いたのは、亡くなった場所が「筑波山付近」というのが多かったことだ。特攻隊となると皆鹿屋基地に向かい、沖縄目掛けて飛んで行ったイメージがあるからだ。

「この近くでは敵機に迎撃して亡くなった方々が多いんだね」

「そうだよなあ。だから兵隊の霊もウヨウヨしてんのかな。俺、さっき見た庭園辺りから誰かにつけられてる気がすんだよな。しかも複数の人間に」

安田さんは奇妙なことを言い始めた。

「またまたあ。怖がらせないで下さいよ。まさか、もう75年経ってて成仏されてますよ」

「あのなあ。知ってるか? 戦争で死んだ人ってのはなあ、何100年経っても成仏できないんだよ。俺は色んな軍の施設を見てきた。軍人てのは特にそうだよ」

安田さんの話では、東京の靖国神社がその最高峰で、常に帝国軍人の霊達が木の後ろに立って敬礼をしているのだそうだ。

私もぞくっとして話を聞いていた。

確かに2人で歩いているのに、常に誰かが後ろを歩いてきている感覚があった。もちろん振り向いても、特に誰かがいる訳ではない。観光客が遠巻きに歩いているだけだ。

予科練平和記念館の中に入った。ここでは実際に予科練で鍛えられた少年達の遺品や活動や訓練の様子などが展示してある。

まだあどけない美少年が丸刈りにされている写真。笑顔であったが、その後、彼らにはどんな悲劇が待っていたのだろうと思うと涙が出た。

「わりい、ちょっと電話してくるわ、先廻ってて」

そういうとスマホ片手に安田さんは途中から館の外に出てしまった。

海軍の特攻機はゼロ戦を使ったものがほとんどで、2人乗りの戦闘機もあった。爆薬を積んで飛ぶにはゼロ戦の性能では難しく、敵艦に向かって機銃掃射しながら突っ込んでいく。そして陸軍の飛行隊と大きく違うのは、海の上をレーダー無しで海図を頼りに飛んでいくため、操縦しながら索敵もしなければならなかった。

陸軍の戦闘機部隊の場合、島を基準に飛ぶので、敵から航路が見破られ先回りして撃ち落とされていたのだ。そのため、海軍の飛行隊が更に重要視されるようになっていったのだ。

ただ、『片道だけの燃料で飛んでいた』というのは戦後のねつ造で、本来そんな事はなかった。敵艦が見つからなければ引き返せねばならないし、戻れなければ大事なゼロ戦と操縦士を失ってしまう。

特攻隊についての詳しい話を、館内の案内役の方に聞いてメモしていた。

中庭にはゼロ戦(零式二一型)の実物大レプリカがある。格納庫から出ていて迫力がある。

安田さんはそこにいて、写真を撮りまくっていた。

「おう、わりいな、電話が長くてさ。ほら見ろよ、ゼロ戦だよ〜、すげーカッコいいよな!」

「安田さん、館内は見なくていいんですか?」

「いいよ別に。どうせ戦争反対の何かだろ。俺そういうの興味ないんだ。俺って多分軍人の背後霊でも憑いてんじゃないかな、これで空飛んで敵をやっつけるのってわかるよ〜ロマンだよなあ。俺もこの頃生きてたら、絶対志願したね!」

安田さんは目をキラキラして話した。

私もゼロ戦の前で写真を撮ってもらい、安田さんからスマホを受け取った。何度かゼロ戦と自撮りして、車に戻ろうとしたときだった。私はうっかり財布をゼロ戦の所に置いたまま100メートルくらい歩いてしまったのだ。

「しまった、忘れ物!」

一瞬で走り出した瞬間、胸元にあったサングラスが落ちて粉々に砕けた。

「あっ!」

これは20年ずっと使い続けていた高級品だったので、その無残な姿はかなりショックだった。財布は無事だが、どうしてそんな大事なものを忘れたのか不思議だった。

「特攻隊の英霊が、財布忘れてるよ〜って言いに来てくれたんだよ」

「でもサングラスは壊れちゃいましたよ」

「それくらい、いいだろ。玉砕とおなじだよ」

「玉砕?」

「大事な、生かさなきゃいけない人の為に、自分を犠牲にすることさ。薩摩の戦法だよ。皆で死ぬのが玉砕じゃない。国家・国主を生かす為に、死ぬのをいとわないって精神さ」

財布のためにサングラスが落ちて粉々になったことを玉砕。何だか嫌な気分になった。粉々のサングラスはもう2度と元には戻らない。捨てるしかなかった。

その時だった。

体にズキンと痛みが走った。急に走ったせいかな。と思ったが、背中から膝まで痛みが抜けない。それで、その日は土浦から帰ることにした。安田さんに駅まで送ってもらい、都内の自宅に着いたあとは猛烈に眠くなり、化粧も落とさずに寝てしまった。

夜中、耳の奥でツーっというモールス音に似た音がした。それが鳴りやまない。

耳鳴りまで起きた、相当ひどいな……と耳栓をして眠り続けた。

次の日の早朝に連絡が入るまでは。

「安田の家内です」

いきなり安田さんの奥さんから電話だった。既婚者というのも初めて知った。

「昨日、夫と一緒だったようですけど……何かご存知と思って連絡しました」

「いえ……ただ取材に付き合ってもらって、最寄り駅まで送ってもらっただけです」

「嘘。帰りに別のところにも行きましたよね? 付き合ってるんですよね?」

「違いますよ! どういう意味ですか、さっきから……」

奥さんの話を聞くとこうだった。安田さんが浮気ばかりするので、車にGPSを付け、人を雇って後を付けていた、私と一緒の写真もあるのだと。

「……それはいいとして、今そこに夫がいるんでしょ。出して下さい。GPSもお宅の住所の近くで止まってますから。車、すぐ近くに停めてるのわかってるんですよ!」

「いませんよ。私1人です。信じられないなら、来てもらっても構いませんよ!」

その奥さんはGPSで夫を一網打尽にしている様子だった。安田さんに連絡しようと私のスマホを見ると、たくさんの着信が入っていた。なんと30件も。

全て安田さんからの着信だった。

その留守番電話の内容は、途中から異様な内容に変わっていっていた。

「なあ俺、今どこ走ってんのかわかんなくなってきた。てか、暇だし掛けただけ。ツー」

「とりあえず、ナビでお前の家の近く行くから。ツー」

「あ、高速入るけど……連絡してくれないかな、涙がやたら出て前が見にくい。ツー」

「……家の近くと思うけど、暗くてわかんねえや、電気付けといてくんない、家の。ツー」

「さっき後ろに友達が乗ってくれたから安心だ、目標の家が見えた。ツー」

「また違う友達が乗ってきた。ツー」

そして最後の留守電は声が違っていた。安田さんの低い声じゃなく、機械音のようにきれいな高い声……10、20代くらいの男性の声だった

「これから行きます。ツーーーーー、キイイイイイ……ドカーン!!」

何かに車がぶつかる音だった。それで一切途切れてしまった。

(まさか事故!?)

慌てて安田さんに電話をする。が、充電切れなのかコールもしないで切れる。

その朝、安田さんは変わり果てた姿で発見されていた。

私の自宅の近所の道路で大破した車の中にいた。自損事故だった。

緩いカーブをまっすぐ進み、ガードレールを越えて下の道路に落ちていたことが分かった。安田さんは命だけは助かったが、頭が割れ脳が出て植物状態になってしまった。

そして両足を切断することになった。

警察は、この留守電を聞いて不思議がっていた。

「ブレーキ痕が一切ないんですよね。道に迷ってたら、こんなにスピードを上げないと思うんですけどね……」

ブレーキ跡はないのに、安田さんはハンドブレーキを握った状態で見つかったのだ。

目撃者の話では、安田さんが運転していた白の軽自動車は、時速70キロくらいの猛スピードで狭い道をグルグル走り回り、いきなりクラクションを鳴らし続けたかと思ったら一気にガードレールの先に飛び込んだので

「自殺した!」

と思ったそうだ。だがその人も訳ありの女性を乗せていたので、すぐ通報できなかった。

警察も首をひねる。目撃者も、数人乗っているように車窓に人影が見えたと言う。

軽自動車は大破してぐしゃぐしゃであり、運転席にいた安田さんでさえ、出すのに苦労し、足を切断することになったくらいだ。

「もしいたとしたら、犬か猫くらいの大きさか……幽霊しかないでしょうね」

と冗談めいて言っていたが、その言葉に皆がゾクっとした。

奥さんとはそれ以降連絡をしていないが、安田さんの傷害保険金で豊かに暮らしているそうだ。そして、一体誰が尾行していたのかを聞き忘れてしまった。

あの夜。

安田さんが車内で振り向くと、若き兵士たちが座っていた。目が見えにくくなっていた安田さんは少し神経も高ぶって、理由なく乗ってきた彼らと意気投合した。

「俺、あの時代に生まれてたら絶対志願したね!」

「なぜ?」

兵士たちは聞いた。カーキ色の電熱器付きの服を防備し、白いマフラーを巻いた飛行兵の服装をしていた。

「なぜって……空を飛んでみたいし、それで死んだら本望だなあ。俺のこの1機が戦艦を沈没させるなんて、スゲーかっこいいし!」

「私達も同じだよ。気が合うなあ」

車のスピードが落ちない。ブレーキを踏んでも効かない。

「うわ、ブレーキがっ!」

そして、車は猛スピードで走る。操縦桿と化したハンドブレーキを握ったまま、クラクションを押し続け飛び込んだ。

「プアーーーーーーー ドーン!!」

さようなら……後ろに乗った兵士たちは、すうっとそこから空へ去った。

安田さんの肩を掴んだまま。

ふと、私は目を覚ました。夢か。随分リアルだった。どこからが夢か思い出せない。

「玉砕」の文字がやけに目立つノートのページを、私はそっと閉じた。

安田さんに電話をした。

「もしもし? 昨日さあ、うちのヤツから電話来なかった? 俺、記憶飛んじゃってて、今どこにいるかわかんねえんだ。お前と朝まで飲んだってことにしてくんねえか?」

「……わかりました」

安田さんは生きていた。ほっとした。

「でさあ、変な夢見たんだよ俺……後ろ座席に兵隊がさあ……」

「……知ってます」

電話を切ると、私は手を合わせた。飛行隊の英霊の魂に。

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