コミケ雲(東京都 晴海国際見本市場) | コワイハナシ47

コミケ雲(東京都 晴海国際見本市場)

雲を見た話である。

アマチュア作家の作った同人誌の数は、年を追うごとに増えている。同時に、同人誌即売会が開かれる機会や規模もウナギ登りに増えている。

同人誌即売会とは、彼ら同人作家と呼ばれるアマチュア達が、自分達の作った同人誌を持ち寄っては同好の志に売買するイベントのことである。

同人作家の作る同人誌の内容はと言えば、お気に入りの商業漫画やアニメのキャラクターを借りて、自分の考えた外伝の主人公に据えたり、原作のパロディをさせたりと、ファンの夢を叶える他愛のないものが多い。

もちろん、どこにも発表していない創作作品をコツコツと作り溜めて発表する古強者もいるのだが、人気のある同人誌の大部分は既存の人気キャラクターを裸に剥いて弄ぶ美少女物や美少年物であり、同人誌即売会に顔を出す若者達は、多かれ少なかれそれらを求めて集まってきていることは否めない。

当時、東京の臨海にあった晴海国際見本市会場では、毎年夏と冬に日本最大級の同人誌即売会が開催されていた。この同人誌即売会は、モーターショーやボートショーなど大きなイベントの開催会場としてよく知られるこの会場のほぼ全館を使って行われていた。一日の参加人数はのべ二十万人にも達すると言われ、この当時で既に日本どころか世界最大の同人誌の祭典となっていた。

また、昨今では商業作家の多くが同人誌経験者とも言われており、出版社の編集部員が即売会に足を運んで新人を発掘することは決して少なくない。かく言う僕も、当時は新人発掘のためと称してこの同人誌即売会には足繁く足を運んでいた。

本題に入ろう。

ある年の夏、僕は通称「ガメラ館」と呼ばれるドーム状の展示館に足を踏み入れた。館内の冷房はフル稼働になっているはずだったが、夏の炎天下のもと、締め切られた空間の中に熱気をはらんだ若者がラッシュアワーのように群れているのだから、暑くないはずがなかった。

まるでサウナの中にいるような熱気に、軽い目眩めまいすら感じてドームの天井を見上げると、天井付近がうっすらと霞んで見えた。

埃と汗まみれになっていた僕は、メガネのレンズが汚れているのだろうと思った。丸めたハンカチでレンズを拭き再び天井を見上げると、やはり天井近くに靄もやか雲のようなものがうっすらと漂っているのが見える。

「……雲が出てる」

ただでさえ暑い季節なのだ。そこへ汗を吹き出しながら数万人の人間が群れているのだから、館内の湿度が高まり、余分な水分が雲を作り出しているのだ。

(さすがコミケだ。大したものだ)

僕はそのとき、そう理解した。

その年の冬、再び同じドームに入った。

夏より厚着した人々の群れを見ているうちに夏のことを思い出して、ふと天井を見上げた。すると、やはりそこにはうっすらと雲が漂っている。

乾燥しがちな季節でもあり、館内の湿度も夏ほどではないはずだ。なのに、依然、そこには雲が見えている。

一巡りして友達の甲田君と落ち合ったとき、ドームの雲のことを訊いてみた。

「……あれって、雲じゃないよ」

彼はそう言ってニヤリと笑い、それ以上は何も言わなかった。

後日、その同人誌即売会の常連であり、「超」怖い話によく体験談を提供してくれる中川さんにドームの雲の話をしてみた。

すると彼女も確信めいた口調で「雲じゃないわよ」と断言した。

「あれはね、人間の欲望とか……そういうもののカタマリが渦巻いてるのよ」

「欲望って?」

「執着と言ったほうがいいのかな。何しろさ、あの狭い空間に人間の絵を描いたり物語作ったりすることに執着とかこだわりを持っている人と、そーいう人が作った同人誌を買い漁りにきた、数十万人からの人間が集まってきてるわけでしょ?何もないほうがおかしいわよ」

「欲望ねぇ……」

霊感のある人々が、我々に見えないものまで見ていることは、これまでの取材から嫌というほどわかっているつもりだった。

だが、僕自身にはそれほど特別な能力はない。そして問題の雲は僕だけではなく、他にもたくさんの人が目撃しているらしい。

「いや、あそこまで強いと霊感のあるなしに拘わらず見えちゃうのよね。だから、きっとみんな雲だと思ってるんだろうねー。アレのこと」

僕は、その後もしばらくの間は夏と冬にこの同人誌即売会に足を運んだが、少なくとも晴海で行われていた間は雲が晴れることはなかった。

会場が有明に移ってからのことはよくわからない。

シェアする

フォローする