忖度 犬神憑きの血筋(東京都) | コワイハナシ47

忖度 犬神憑きの血筋(東京都)

事情があり、名字を伏す。

タケオさんは、とある服飾メーカーでデザイン部門の部長職に就いている。

四十代前半という年齢にあって、異例ともいえるスピード出世なのだという。

「うん、でも、成り行きだよ。自分の実力だなんて思っていないから……」

現在、都内の大きな一軒家に住み、妻子共々、幸せな生活を過ごしている。

そんな彼が如何にして現在の奥さんと結婚に至ったか、その〈なりそめ〉について聞かせて頂いた。

「もう二十年近く経つのかな。当時、私は同じ学部の女性と同棲していてね。学生の分際でと思われるかもしれないが……卒業したらすぐに結婚しようと、約束を交わしていたんだ」

だが、その約束が果たされることはなかった。

彼女が運転する車が、交差点から飛び出してきたトラックに追突されたのである。

そのとき助手席に同乗していたタケオさんは、一ヵ月、病床から離れられないほどの大怪我を負った。

そして、同じ病院に緊急搬送された彼女は、意識不明の重体となっていた。

タケオさんは強く面会を望んだが、「いまは絶対安静だから」と、彼女のご両親に引き止められたという。

「その頃だよ、レイコが病室に見舞いに来たのは……彼女も同じ学部の学生だったんだが、とても印象が薄い娘でね。最初、どこの誰だかわからなかったんだ」

だが、わざわざ見舞いに来てくれた女性を、無む碍げに扱うことはできない。

タケオさんは感謝し、折角だからと病室で暫く談笑をした。

やがてレイコさんは「長くなると身体に障るから」と、病室を辞去した。

その間際、「これ、持っていてください」と、小さな紙切れを差し出したという。

それは、見たことのない形に折られた、赤い折り紙だった。

聞くと、タケオさんのことを必ず守ってくれる「お守り」なのだという。

「折り鶴ではなかったけど、たぶん同じようなものだと思ったんだ。ただ、割と複雑に折られていて……生き物なのか、飾りなのか、よくわからなかったよ」

タケオさんは、その折り紙を病室のキャビネットの上に置いた。

それから暫くして、タケオさんは奇妙なことに気がついたという。

病室で時折、犬の鳴き声が聞こえるのである。

もちろん、テレビやラジオではない。

どうやら鳴き声は、壁際にあるキャビネットの辺りから聞こえてくるようだ。

気になって探ると──レイコさんから貰った、折り紙が鳴いているのだとわかった。

「何か仕掛けでもあるのかと調べたんだが、やっぱりただの折り紙なんだよ。でも、注意して見ていると、どうも病室に人が来るときにだけ鳴くみたいで」

タケオさんの家族が部屋に来たとき、折り紙は「わんわん」と軽い鳴き声を上げた。

そして、意識不明の続いている彼女のご両親が、タケオさんの様子を見に来たときには「うーーーっ」と、威い嚇かくするような低い唸り声を上げたという。

気味が悪かったが、捨てようとまでは思わなかった。

見舞いに貰ったものではあるし、「お守り」と言われたことも気に掛かっていた。

──が、入院して二週間後、折り紙はいままで聞いたことのない声で鳴いた。

「くうん、くうん」と鼻を鳴らす、甘えた子犬のような鳴き声だった。

その直後、彼女の母親がふらふらとした足取りで、病室に入ってきた。

母親の目が、涙で濡れ尽しているのを見て──彼の心臓が凍る。

「あの娘が……いま亡くなったの」

その場で泣き崩れる母親の嗚咽と、折り紙の鳴き声が重なって聞えた。

「その後、私は無事退院したんだが、心にぽっかりと穴が開いてしまってね。学校にも行かず、ずっと呆けていたんだよ。だけど、その間もレイコは、毎日私の元を訪れてくれていたんだ。彼女なりに、慰めてくれているんだと思ったよ」

その甲斐あってか、タケオさんは徐々に生きる気力を取り戻していった。

留年も已やむ無しと思っていた大学も、運よく進級することができた。

その頃から、彼はレイコさんと付き合い始めたのだという。

あまり好みのタイプではなかったが、色々と世話を焼いてくれる彼女と、いつの間にか交際する形になってしまったのである。

「聞くと、彼女は四国のとある地方の出身で、大変な資産家の長女だったんだ。ただ、正直言うとね……その頃は、別にレイコとの将来を考えていた訳じゃないんだ。少なくとも、亡くなった元の彼女に抱いていた感情は、レイコとの間には無かったから」

翌年、タケオさんは大学を卒業し、とある大きな証券会社に入社した。

駄目元で応募した会社だったが、なぜか入社試験にすんなり合格したのだという。

そして、次々と大きなプロジェクトに携わるようになり、その度に社内での地位が上がったそうだ。

正に〈とんとん拍子〉に出世をしていたと、タケオさんは当時を振り返る。

だが、いま考えても、さして自分に実力があったとは思えない。

「入社して二年も経たないうちに、課長に抜擢されてね。実際、得意満面だったよ。若かったし、浮かれていたんだと思う」

社会に出て、大人の付き合い方を学び、交友関係も大きく変わった。

そして、タケオさんは複数の女性と頻繁に交際するようになった。

長身で、爽やかな印象のある彼は、当時から相当女性にモテたのである。

だが不思議と、どの女性と付き合っても長続きはしなかった。

別に、タケオさんのえり好みが強かった訳ではない。

ある程度まで付き合いが深まると、必ず相手が離れていってしまうのである。

つまり、フラれるのだ。

それも、まったく自分とは関わりのない理由で、である。

「……何故か、どの娘もこれからってときに、急に体を悪くしたり、怪我をしてね。でね、私がフラれる度に、いつの間にかレイコが寄り添っているんだよ」

最初のうちはレイコさんの情の深さに絆ほだされもしたが、何度も回数を重ねてくると、段々と嫌になってくる。

第一、交際が破局したことを、どこから彼女が嗅ぎつけてくるのか、わからない。

いい加減、そんな関係が嫌になり、彼女との縁を切ろうと決心した──その頃だ。

タケオさんの勤めていた証券会社が、突然に潰れてしまったのである。

当時、それは社会を揺るがせる大ニュースとなった。

そして、タケオさんにとっては、生活と人生設計を崩壊させる一大事でもあった。

「いきなり、無職になってしまったからね。それでも目端の利く社員は、それぞれに再就職先を見つけていたんだが……私はそうもいかなくてね。貯金もなく、完全に生活に行き詰ってしまって」

再就職の努力もしたが、中々上手くいかない。

前の会社で得た肩書きは、まったく役に立たなかった。

何もかも行き詰まり、結局、別れようと思っていたレイコさんに頼らざるを得なくなったのである。

転がり込んだレイコさんのマンションで、失意のうちに時を過ごし──

ある日、「一緒に、実家に行って欲しい」と頼まれた。

さすがに、嫌だとは言えなかった。

「で、初めて彼女の実家を訪れたんだが……とにかく、大きな家でね。話には聞いていたけど、とんでもない名家の生まれだって、改めて感心させられたよ」

そこでタケオさんは、大変な歓待を受けることとなった。

彼女の親族に加え、近隣の住人までが招かれた大宴会が開かれたのである。

親戚の人数も多く、酌を受ける度に「レイコちゃんを頼む」と肩を叩かれたという。

過剰な接待に気を重くしながらも、タケオさんはあることに気がついた。

彼女の親戚に、男性が少ないのである。

聞くと、レイコさんのお父さんも早くに亡くなったらしい。

「何となくだが、レイコの親族が私を家に迎えたがっている理由が、わかったような気がしたんだ。でも、そのときには、私も半ば観念していてね。と言うのも……」

分家を名乗る男性から「東京で社長をやっている友達がいるから、君のことを是非、紹介しておこう」と、言われたのである。

──それで、すべてが決まった。

翌日、タケオさんは親戚一同の前で正座し、レイコさんとの婚姻の許しを請うた。

彼女の母親が「婿に、入ってくださいね」と、静かに微笑んだという。

どこからか、犬の鳴き声が聞こえた。

「で、それからは、全部があっと言う間に進んだよ。ひと月も経たないうちに、結婚式が開かれてね。もっとも、段取りをすべてレイコの親族が仕切っていたから、私はただ頷いているだけだったけどね……出席した私の親族も、あまりに式が盛大すぎて、ただただ恐縮するばかりだったよ」

披露宴には、テレビで見たことのある著名な学者や、政治家の姿もあったという。

その翌日には、再び近隣の住人を交えた宴が開かれ、嫌というほどの祝辞を受けた。

やがて祝いの場からも解放され、ようやく一息ついたときのこと。

彼女の叔父から、「ちょっと、来てくれないか」と呼ばれた。

黙って叔父に従うと、屋敷の奥深いところにある庵のような小さな部屋に通された。

薄暗い部屋の上座に、レイコさんの母親と祖母が座っている。

レイコさんの、姿はなかった。

タケオさんは頭を下げつつも、彼女たちの前に置かれた座布団に端座した。

──この家は、犬神憑きの筋だよ。

最初に、祖母が発した言葉だった。

次いで、レイコさんの母親が言い含めるように、ゆっくりと「犬神憑き」について、語り始めた。

「本当のところ、薄々は感づいていたんだよ。何かの宗教に関係した家柄だってことは。まぁ、家の規模や影響力を見れば、ね。ただ、犬神ってのは、よく知らなくて」

彼女の母親の説明は、こうだ──

レイコさんの家では、古くから「犬神」を祭っている。

そして、この家の当主は必ず婿取りを行うのだという。

と言うのも、この家では代々、女性しか生まれないからである。

生まれた女の子は、五歳まで育つと、ある儀式を受けることとなる。

その儀式を受けることで、女の子は「犬神」の加護を受けられるのだという。

それは、一種の式神のようなものらしく、「犬神」は儀式を受けた女の子を幸せにするためなら、どんなことでも実行する。

その力は凄まじく、たとえその娘が望まなくとも、彼女の将来に〈悪い影響を与えそうな物ごと〉があれば、事前に対処してしまうらしい。

つまり、「忖そん度たく」をするのである。

「それを聞いて、腑ふに落ちたと言うか……なぜ、元の彼女が死ななければならなかったのか、やっと理解できたような気がしたんだ。もちろん、手遅れだけどね」

それ以外にも、付き合った女性との破局や、勤めていた会社の倒産など、思い当たることは幾らでもあった。

だが、今更それを知ったところで、どうにかなるものでもない。

「だけど、レイコさんと一緒にいる限り、あんたの出世は思いのままだよ」

部屋の隅に控えていたレイコさんの叔父が、慰めの言葉を掛けてきた。

見ると、その顔には酷く疲労の影が射している。

「──どっちにしたって、逃げられやしないんだから」

感情を込めずに、叔父が呟いた。

「これが、妻との〈なれそめ〉のすべてだよ。その後は、あのとき叔父が言った通りで。出世もしたし、ふたりの子宝にも恵まれて……絵に描いたように幸せだよ」

結婚から十年経ってレイコさんは初産に臨み、その後、もうひとりを産んだ。

やはり、ふたりとも女の子だったという。

彼女の叔父は、結婚式の数か月後に亡くなった。

「それでね……結婚してから、私なりに『犬神』について調べてみたんだよ。あの日の義母の説明には、儀式の内容は触れられていなかったし……なにより、亡くなった叔父の言っていたことが、ちょっと気になってね」

当然、タケオさんの推測を交えてだが、わかったことがふたつある。

ひとつは、レイコさんの家系に婿入りした男性は、悉ことごとく早死にしていることだ。

レイコさんの父親もそうだし、親戚筋に男性が少なかったのも、それが原因らしい。

「断言はできないけど……妻の家系に入った男性は、出世と引き換えに寿命を費やしているんじゃないかと思うんだ。多分『犬神』っていうのは、レイコの家系を繫栄させるための、『装置』なんじゃないかな」

そして、もうひとつ。

恐らく「犬神」を授ける儀式においては、何かの小動物を犠牲にして、それを式神に変化させているのではないか、と言うことである。

その小動物が、何なのかはわからない。

レイコさんは話してくれないし、実家に訊ねる訳にもいかないからだ。

「ただ、長女が五歳の年、妻が一度、長女を連れて実家に帰っているんだよ……で、その後に、少しだけ長女の様子が変わったんだ」

それまで、小さな動物やキャラクターが好きだった長女が、一切それらに見向きもしなくなったのだという。

その二年後、次女が五歳になったとき、彼は無理矢理に会社を休んで同行した。

が、途中、タケオさんだけが親戚の家に引き止められてしまい、結局、儀式に立ち会うことは叶わなかったという。

「すべてが、私の意思とは無関係に進められているようでね……いい加減、嫌気がさしていたんだ。まぁ、だからって言い訳にしかならないけど……」

最近のこと。

タケオさんは社内の若い女性と、浮気をした。

と言っても、最初は居酒屋で飲んでいただけだったが、やがてお互いに気持ちが通じ合い〈一回だけなら〉と、一夜の宿を探してホテル街を歩いたのである。

ところが、〈ボキッ〉という鈍い音と共に、急に浮気相手がしゃがみ込んでしまった。

見ると、彼女の脛が真ん中で、妙な方向にひん曲がっていた。

「ぎゃーーーっ」と、悲鳴を上げる彼女に寄り添いながら、タケオさんは慌てて救急車を呼ぶ羽目になったという。

「病院に、警察。会社にも詳しく事情を聴かれてね。事件にはならなかったが、さすがに浮気のことがバレて……でも、レイコは何も言わなかったよ。別に、言う必要もないと、彼女は知っているんだろう」

「犬神」は浮気すら許してくれないのだと、改めて気づかされた。

それ以来、彼はいままで以上に家族を大切にするようになり、他の女性に目をくれることも無くなったという。

自分には、〈家族と共に生きるしか道はない〉と、思い知ったのである。

「私はね。この先、あまり寿命が長くないと覚悟を決めているんだよ。それは、妻と家庭を持った以上、仕方のないことだからね。ただ、ね……」

最近、ふと、ふたりの娘の生末を考えることがある。

きっと、この娘たちは自分と同じような男性に恋をして、自分と同じようにその男性の人生を壊してしまうのだろう。

そして、それは永遠と繰り返されていく。

そう考えると──怖くて仕方がないのだと、タケオさんは言った。

シェアする

フォローする