手招き(東京都) | コワイハナシ47

手招き(東京都)

「……事故の多い場所ってあるじゃないですか。道路とか、踏切とか。僕が学生のときに住んでいたアパートの近くが、それだったんですよ」

友人に紹介して貰った小田さんは、そう言って話を切り出した。

聞くと、現在は都内にある企業で、工業デザイナーをやられている方かたなのだという。

「でね、僕が見たのは、家だったんですよ。普通の民家。でも、やたらと車が突っ込むんですよ。僕が知っているだけで、三回は事故ってましたかね」

大学の頃から車を運転していた彼は、その民家の前を通るたびに「また、塀が壊れているな」とか、「門柱、直ったんだ」などと、観察していたという。

その家は交差点の一角にあり、正面から右折してくる車が、曲がり切れずに突っ込むケースが多いようだった。

だが、似たような立地にある物件など、探せば幾らでもある。

なぜ、その家に事故が多いのか、小田さんは日頃から不思議に思っていたそうだ。

大学三年の、ある日のこと。

友達のUさんをドライブに誘い、帰りに件の民家がある交差点の信号で停まった。

すると、何の脈絡もなくUさんが「この辺、事故多いだろ?」と聞いてきた。

「えっ、何でわかるんだよ?」と返すと、まっすぐ前方を指さした。

目を凝らすと──薄うっすらと、老人の姿が見えた。

ぼろ切れ同然の着物を纏った老人が、民家の前でゆっくりと手招きをしている。

まるでヘチマを枯らしたような面長の顔に、〈にちゃっ〉とした笑いを浮かべていた。

が、自分が何を見ているのか、咄とっ嗟さには理解できなかった。

体が半分透けているような人間を見るのは、初めてだったのである。

「僕、それまで幽霊なんか見たことなかったんですよ。なのに、何であんなものが見えるのかわからなくて。そしたら、Uの奴、『俺、霊感が強すぎるから、周りが影響受けちゃうみたいなんだよ』だって」

それでも、そのときは〈気持ち悪い〉と思うだけで、それっきりだった。

だが、次に交差点を通ったとき──なぜか、老人が見えた。

しかも老人は明らかに、小田さんを凝視しながら手招いているようだった。

少し、気が遠くなった。

「……僕はてっきり、Uと一緒じゃなければ、あんなものは見えないと思っていたんです。でも、違っていたみたいで」

車で近くを通るたび、老人は手招いてきたという。

なるべく老人を見ないよう心掛けるのだが、どういうことか必ず目が合ってしまう。

いい加減、気味が悪いが、自宅はその交差点の先にある。

困った小田さんは、携帯でUさんに相談してみることにした。

「そうか……それは悪いことをした。多分、あのジジイ、お前に目をつけたんだと思うよ……このままじゃ危ないからさ、ちょっとだけ時間をくれないか」

電話口で詫びながら、Uさんは対策を講じると約束してくれた。

その二日後。

小田さん宅にまで来てくれたUさんは、一枚の木片を差し出したという。

それは、どこかの神社のお守りだった。

「特別なお守りなのかと、期待したんですけど……裏に交通安全って書いてありました。さすがに『これ、効くの?』って疑いましたよ。でもアイツ『ここのは、絶対に効果がある』の一点張りで……言われるまま、ルームミラーに吊るしたんです」

どう見ても旅行のお土産みやげとしか思えないが、Uさんは自信満々な様子である。

〈まぁ、Uがこれだけ言うのなら〉と、小田さんはお守りを信じてみることにした。

その後、何度も交差点を右折したが、小田さんが事故を起こすことはなかった。

相変わらず、手招きする老人は見えているが、以前ほど怖いとも思えない。

手招きをされても、何かが起こりそうな気配を感じなかったのである。

「やっぱり、Uのくれたお守りが効いたんだって、思ってましたよ。あのジジイも、あまりこっちを向かなくなってましたし……諦めたんだろうって安心していました」

また、件の民家に車が突っ込むことも、無くなったようである。

〈あの爺さん、もう事故を起こす力が無いんじゃないか?〉

そう考え始めていた頃である。

ある日、大学のサークルでコンパがあり、遅くに電車で帰った。

最寄り駅で降りると、あの民家の前を通るのが近道だった。

多少ふらついた足で、交差点に差し掛かると──老人が見えた。

やはり道路に向かって、手招きを繰り返している。

そのとき小田さんは、無性に苛立ちを覚えたという。

にちゃにちゃと笑い、事故を誘発しようとする性根に腹が立ったのである。

小田さんは交差点を渡り、手招きする老人に近づいていった。

酔った勢いで、〈二、三発殴ってやろう〉と、本気で考えたのである。

その途端──『ガゴッ』と、自分の中で大きな音が鳴った。

途轍もない衝撃で弾き飛ばされ、次の瞬間、顔面が焼けるように熱くなった。

〈しまった、車に……〉と気がついたが、激痛で体が動かない。

アスファルトを舐める顔を、上に向けることすらできなくなっていた。

──やぁっとぉ、引っ掛かったぁぁぁ……

薄れゆく意識の中で、小田さんは誰かの陶然とした嗤い声を聞いた。

「目が覚めたら、病院でした。鎖骨と左足にヒビが入っていましたよ。あと、擦り傷。医者に言わせると、その程度で済んだのは奇跡に近いって」

聞くと、小田さんは交差点を右折してきた車に、真後ろから跳ね飛ばされたらしい。

一歩間違えれば、脊椎を損傷しても不思議ではない事故だった。

それを考えれば、驚くほど軽傷で済んだと言わざるを得ない。

退院した数日後、彼が大怪我をしなかった理由がわかった。

休んでいると、母親から「アンタ、なんでこんなのを入れてんの?」と訊ねられた。

見ると、Uさんから貰ったお守りが、真っ二つに割れている。

小田さんが事故当時に着ていたシャツの、胸ポケットに入っていたらしい。

もちろん、車から外した覚えはない。

「ギリギリのところで、あの爺さんから助けて貰ったみたいなんです。そうでなければ、説明がつかないんですよね。車にぶつけられて、あの程度の怪我で済むのって」

それ以降、小田さんはあの交差点に近づいておらず、老人も見ていない。

だが、あの老人の〈にちゃっ〉とした微笑みは、いまでも忘れられないのだという。

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