味のルーティン(東京都) | コワイハナシ47

味のルーティン(東京都)

都内で割烹料理店を営む、板谷さんから聞いた話である。

三十年ほど前、板谷さんの父親である先代が急逝した。

そのため、他店で修行中だった板谷さんが、急遽跡を継ぐことになった。

板谷さんの料理店は常連客が多く、食通の間ではこれと知られた名店である。

だが、彼が板場を仕切り始めてから、次第に客足が減り始めたという。

常連たちが〈店の味が変わった〉と、離れてしまったのだ。

決して、後継者である板谷さんの腕が悪い訳ではない。

実際、彼の料理は、一見の客ならば誰もが満足する出来だった。

しかし、どうしても古くからの馴染み客を納得させることができない。

また、それ以上に、自分自身が納得できなかったのである。

だが、なぜ味が違ってしまうのかがわからない。

食材の質や鮮度、下拵えから味付けの塩加減まで、先代の調理方法を正確に踏襲していたからである。

「親父はね、自分の料理を、こと細かにノートに残しておいてくれてたんだよ。だからさ、大きく味が違うなんてことは、まずあり得なくてね」

彼は悩んだ末、先代である父親の、古くからの友人に助言を求めたという。

先代と一緒に板場に立ったことのある元料理人で、自分に欠けているものが何か、見抜いてくれるかもしれないと考えたのである。

が、いくら調理手順を見て貰っても、おかしなところは見つからない。

先代の友人でさえも、どの段階で料理の味がずれてしまうのか、見当がつかなかったのである。板谷さんは、心底疲れ果ててしまい〈もう、親父の味は諦めますよ〉と、弱音を吐いたという。

──そのときである。

「そう言えば、お前……庭にあるお稲荷さん、あれ、どうした?親父みたいに、ちゃんと毎朝掃除しているんだろうな?」

唐突に、先代の友人が聞いてきたという。

だが、板谷さんは〈いいえ、そんなことしちゃいません〉と、首を横に振る。

「それだ、それだよ。お前さん、騙されたと思って、親父さんを見習ってみな」

詳しく聞くと、先代は毎朝、真っ先に庭を掃き、お稲荷様の御お神酒みきを取り替えて、丁寧に両手を合わせていたらしい。

若かった板谷さんは、敢えてそれを真似しようとは思わなかったのである。

「その翌日にだよ、親父の味が再現できたのは。本当に嬉しかったねぇ。でもさぁ、料理ってのは、本当に不思議なもんだよ。信心ひとつで、味がころっと変わっちまうんだから……で、あれだろ、最近じゃそういうの、ルーティンって言うんだろ?」

そう言うと、板谷さんは呵々と笑った。

シェアする

フォローする