電人 顔だけのおっさん(福島県) | コワイハナシ47

電人 顔だけのおっさん(福島県)

福島で復興事業に携わる、伊藤さんの体験である。

ある晩、事業案策定の会議で遅くなり、十一時過ぎに事務所を離れた。

事務所は伊藤さんの住まいに近く、彼は毎日自転車で通っている。

人通りのない夜の住宅街を、路地から路地へ、薄暗闇を辿るようにして進んだ。

すると、前方に小さな明かりが見えた。

どうやら路地の奥から、対向する自転車がこちらに向かって来ているようだ。

伊藤さんは自転車を左側に寄せつつも、相手の自転車に視線を送った。

禿げた髭面のおっさんが、無表情にママチャリを漕いでいる──だけなのだが、強烈な違和感を覚えた。

おっさんが漕ぐママチャリの前籠に、もうひとつ、おっさんの顔があった。

いや──籠ではなく、ハンドルの中心部に直接顔面が載っていた。

自転車を漕いでいるおっさんと同じ顔だが、憤怒に燃えた表情をしていたという。

「うおっ!何だっ!?」

思わず悲鳴を上げ、伊藤さんは自転車をギリギリまで左側に遠ざけた。

が、元々が生け垣に挟まれた路地のこと。

相手の自転車との距離を、大きく開けることができない。

すると、すれ違いざま〈にょっ〉と、顔だけのおっさんの側頭部から、白い腕が伸びてくるのが見えた。

その刹那、ずんと自転車のペダルが重くなる。

振り返ると、白い腕が伊藤さんの自転車の荷台を掴んでいた。

つまり、〈おっさんが漕いでいる自転車の、ハンドルから生えている顔だけのおっさんの、頭の横から伸びた腕〉に捕まったのである。

──訳がわからず、半狂乱になってペダルを漕ぎまくった。

すると後ろで、〈ガシャンッ!ギギギギッ〉と金属の擦れる音がする。

見ると、おっさんの自転車が横倒しになっていた。

が、顔だけのおっさんの腕は荷台を掴んだままなので、自転車が〈ガリガリ〉と引き摺られているのである。

乗っていた〈本体〉のおっさんは、振り落とされてしまったらしい。

それでも、自転車を漕ぐ脚を緩める訳にはいかない。

顔だけのおっさんが、荷台を放してくれないのだ。

伊藤さんは、必死になってペダルを踏み続け──不意にバランスを崩して、自転車ごと転倒してしまった。

無様に地面を転がりつつも〈あの自転車、どうなった?〉と、背後を振り返った。

〈本体〉のおっさんが、倒れた自転車を引き上げ、跨またがろうとしているところだった。

何げない、ごく自然な動作だったという。

そして、伊藤さんを一瞥すると「気をつけな」とだけ言い残して、去ってしまった。

──意味は、さっぱりわからなかった。

伊藤さんは、いまでも時々、夜の路地裏で自転車のおっさんを見ることがある。

やはりハンドルには、顔だけのおっさんが載っているそうだ。

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