病院の窓の外の姉(東京都) | コワイハナシ47

病院の窓の外の姉(東京都)

先日、新宿の居酒屋で、飲み友達の戸田さんから話を聞かせて貰った。

彼のお姉さんに纏わる、幾つかの体験談である。

戸田さんのお姉さんは、若い頃、ヤンキーだった。

昔から両親と折り合いが悪く、何度も家出を繰り返した女ひとだったという。

最初の結婚をしたのは、二十歳を過ぎたあたり。

男の子を儲けたが、数年後に旦那と離婚し、親権を取られてしまった。

そのせいで自暴自棄となり、長い期間、酒に溺れた生活を送っていたらしい。

身体を壊し、倒れて病院に担ぎ込まれることもあったという。

その後、アルコール依存の治療で通った病院で知り合った男性と再婚し、ようやく生活に落ち着きを見せていた。

その頃のこと。

ある日の夕方、戸田さんは母親とお姉さんの三人で、帰宅途中に線路沿いの小道を歩いていた。

普段から通勤に使っている小道で、片側に住宅が並ぶ生活道路である。

戸田さんは買い物袋を運びながら、ふたりの後に従って歩いていた。

と、突然背後から「その先は、鬼がいるよっ!」と怒鳴られた。

驚いて振り向くと、知らない老婆が睨んでいる。

「うるせぇぞ、糞婆ぁ!迷惑かけんなっ」と、お姉さんが怒鳴り返した。

元はヤンキーなだけあって、実にきっぷの良い啖呵である。

すると老婆は──消えた。

外灯の下で、動きもせずに掻き消えてしまったのだという。

「あの老婆が何だったのかは、いまでもよくわからないんです。ただ、あのとき言われたことが、その後の出来事に繋がっているような気がして、よく思い出すんです」

それから二ヵ月ほど経った頃、病院から電話があった。

聞くと、お姉さんが勤め先のスナックの階段から転げ落ち、病院に運ばれたらしい。

大怪我ではないが、数日は入院が必要なのだという。

「でも、以前から度々病院に運ばれる人だったから、僕はそれほど気にしなかったんです。ただ、そのときは母がどうしても見舞いに行きたいと言いまして」

戸田さんは自分の車に母を乗せ、病院へ見舞いに行った。

お姉さんのいる病室は、ベッドが六つ置かれた大部屋だったという。

「なによぉ。見舞いに来るほどじゃないって、言ってあったでしょう」

お姉さんはいつものように、少し拗ねた風な口ぶりで迎えてくれた。

少し前に、旦那さんは家に戻ったという。

暫く雑談をし、面会終了の時刻が近づいたので、病室を出ることにした。

その際、母親が「看護師さんに、挨拶をしておきたい」と言い出した。

ナースステーションは病室のすぐ近く、エレベーターホールの正面にある。

受付を覗くと、中で看護師が老人と話をしているようだった。

「話が終わったら、挨拶しよう」と、母親と部屋の前で待つことにした。

が、中々ふたりの会話が終わらない。

「あの部屋は嫌なんだよ。何とかしとくれ」

「ですから、気のせいですって。ここ、三階ですよ」

「だから、気持ち悪いんだよ。夜になると、女が窓の外に立っていて。それも、夜の間、ずっとだよ……気になって眠れんからさ、何とかならんものか?」

どうやら老人が、看護師に何かを頼み込んでいる様子である。

話の内容には興味があったが、これ以上、病院に長居するのは気が引けた。

「長くなりそうだから、そろそろ帰ろうか?」と促すと、母親が頷いた。

エレベーターホールでボタンを押し、少し待つ。

すると先ほどの老人が、ナースステーションから出てくるのに気がついた。

そのまま廊下を奥へと進み、やがて病室に入っていく。

〈あれっ、あの病室、姉ちゃんがいる部屋じゃ……〉

少し気になったが、エレベーターが着いたので、階下へ降りることにした。

──その三日後、お姉さんは亡くなった。

外傷とは別に、元々お姉さんは内臓を弱めており、それが原因で突発的な臓器不全を起こしたのだと、医師から説明を受けた。

「さすがに『入院中に何で』とは思ったけど、昔から酒で入退院を繰り返してきた人だったから……でも僕は、あの見舞いの日に聞いた爺さんの話が気になっていて」

窓の外にいる女とは、お姉さんのことではなかったのか。

そんな風に、戸田さんは考えている。

お姉さんの葬式が終わり、一週間ほど経った頃のこと。

その夜、戸田さんは実家のお姉さんの部屋で、遺品の整理をしていたという。

殆どの持ち物は、旦那さんの家に置かれていたので、大した量ではない。

そろそろ終わりにしようかと、手を休めた矢先。

〈からから〉と玄関が開く音がして──『ただいまぁ』と、お姉さんの声が聞えた。

戸田さんは〈あっ、姉ちゃんが帰ってきた〉と部屋を飛び出し、階段を下った。

「でも……頭の中じゃ、『そんな訳はない』って気がついているんですよ」

急いで玄関まで下りたが、やはり誰もいない。

空耳だろうと、溜息を吐くと──『おかえり』と声がした。

振り向くと、廊下に母親が立っていた。

その瞳から、大粒の涙がぼろぼろと溢れていたという。

「でも、なぜ母さんが『おかえり』って言ったのか……理由は聞きませんでした。何となく、聞いちゃいけないような気がして」

そう言って、戸田さんはお姉さんの話を終えた。

シェアする

フォローする