Iターン(沖縄県) | コワイハナシ47

Iターン(沖縄県)

伊藤さんは、東京から沖縄のとある離島に、Iターンをした男性である。

元々、南国の島暮らしに憧れを抱いていたため、介護資格を取得するのと同時に、離島の老人ホームに再就職をしたのだという。

「割と儲かっている施設で、設備が整っていたのも、そこを選んだ理由なんです。入居しているお年寄りも、都会から移ってきたお金持ちが多くて」

給料がよく、また住宅も安かったので、以前より生活を安定させることができた。

ただ、ひとつだけ、予想していなかったことがあった。

スーパーで売っている野菜が、えらく高かったのである。

実際、初めて店頭の値札を見たときには、何かの冗談かと疑ったらしい。

「でも、よく考えたら、店の野菜は本島から定期船で運んできた品なんですよ。まぁ、運送コストを含めると、価格も高くなりますよね」

だが、そうかと言って、食費に大金を使ってもいられない。

調べると、島内には自分で野菜を栽培している住民が多いようだった。

〈なら、僕もやってみよう〉と、伊藤さんは家の近くに土地を借り、自家栽培にチャレンジすることにした。

「早速、地面に鍬を入れてみたんですよ。もちろん、まったくの素人でしたけどね。でも、周りには畑が多かったですし、耕せば何とかなると思って」

すると、その初日〈カツン〉と、鍬の先に当たるものがあった。

岩でも埋まっているのかと掘ってみると、長方形の金属が出てくる。

持ち上げると、思ったより軽かった。

どうやら、錆びて表面が黒化したブリキ缶のようだが、開け口は見当たらない。

無理矢理にこじ開けてみようかとも考えたが、やめた。

日が傾き始め、これ以上、時間を無駄にしたくなかったのである。

「ブリキ缶を草むらに放って、畑仕事を続けたんです。で、次の日も、少しずつ畑を耕していって……結局、ひと月は掛かりましたかね、種を撒くまでに」

そして月日は流れて、収穫の時期。

伊藤さんの畑に、野菜はまったく育たなかったという。

だが、隣の畑を見ると、ごろごろと肥えた野菜が収穫されている。

最初から上手くいくとは思っていないが、他所との差が大きいことに落胆した。

すると、「あんた、引っ越して来た人だろ?駄目だったか」と、声を掛けられた。

見ると、隣の畑の主人が、気の毒そうな表情を浮かべて立っていた。

「ええ……やっぱり見よう見まねじゃ、畑は上手くいかないですね」と伊藤さん。

すると隣の主人が、「あんた、来年も島にいるのかい?」と聞いてきた。

「はい、ここに根を張るつもりで来たんです」

「そうかい……じゃあ、ここの畑はなんとかしないとなぁ」

隣の主人は暫く考え込むと、ひとつ、提案をしてくれた。

「明日、知り合いを連れてくるからさ、その人にアドバイスを貰うといいよ」

急に人を紹介すると言われ戸惑ったが、親切で言ってくれているのはわかる。

伊藤さんは素直に「有難いことです」と礼を言い、その日の畑仕事を終えた。

が、翌日畑に出て、驚いた。

隣の主人が、白装束を着た、背の低い中年女性を連れてきたのである。

──「ユタ」だよ、この女ひと。俺も昔、世話になったんだ。

隣の主人が紹介すると、女性は早速、伊藤さんに話しかけてきたという。

が、沖縄の方言が強すぎて、さっぱり意味がわからない。

見かねた隣の主人が、間に入って通訳してくれた。

「彼女な、お前さんの畑から四角い箱が出てきたんじゃないかって言っているんだが……何か心当たりはあるかい?あれば、それを渡してくれって」

そう言えば最初の頃、ブリキ缶を掘り返して、そこら辺に捨てた覚えがある。

なぜ、彼女がそれを知っているのかわからないが、言われるまま草むらを探した。

やがてブリキ缶が見つかると、ユタはそれを受け取り、代わりに紙きれをよこした。

その紙には、筆で描かれた畑の絵に、小さくバツが付けてあった。

聞くと、絵にある場所を掘り返せば、もうひとつブリキ缶が見つかるらしい。

「それを見つけたら、彼女の家まで持ってきてくれって。ただし、絶対に缶を開けたりするなって……まぁ、あと少しで万事解決だから、言われた通りに、な」

そう言うと、住所が書いてあるメモを残して、ふたりは立ち去ってしまった。

「意味はわからなかったんですけどね。乗り掛かった舟だと思って、地図通りに掘ってみたんですよ。すると、確かにもうひとつ、ブリキ缶が出てきました。それで、その缶を持って、メモの住所を訊ねてみたんです」

すると、先日のユタの女性が出迎えて、微笑みながら缶を受け取ってくれた。

辛うじて聞き取れた言葉から、『もう、大丈夫だ』と言っているのだと理解した。

次の収穫で、伊藤さんの畑は大豊作になった。

作付けした野菜のすべてが瑞みず々みずしく育ち、また味も美味しかった。

「前回が駄目だっただけに、本当に嬉しくて。ひとりじゃ食べきれないほど収穫でしたよ。で、あのユタさんにも、お礼をしようと思いまして」

自転車に積めるだけの野菜を抱えて、再びユタの女性の家を訪ねた。

そして、覚え始めた沖縄の言葉で、〈ぜひ、食べて欲しい〉と伝えた。

ユタの女性は、快く野菜を受け取ってくれたという。

そのついでに、伊藤さんは「あの箱は一体、何だったんですか?」と聞いてみた。

すると、途端にユタの顔が険しくなり──

「教えてやってもいいが、死ぬぞ。聞くだけでも、酷い障りがあると思え」

なぜか、まったく訛りのない標準語で脅されたのだという。

「さすがに怖いので、あれ以来、ブリキ缶のことは聞いていないんですよ」

それでも、収穫した野菜は、必ずユタのお宅にお裾分けしているそうだ。

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