手毬の少女 あんたがたどこさ(東京都港区白金台) | コワイハナシ47

手毬の少女 あんたがたどこさ(東京都港区白金台)

「あんたがたどこさ 肥後さ 肥後どこさ 熊本さ 熊本どこさ 船場さ……」

この歌詞で知られる手毬唄「肥後手まり唄」の舞台、肥後・熊本の藩の中屋敷が、かつて、東京都港区白金台一丁目の辺りにあった。そこは今、一七世紀から続く日蓮宗の寺院と、昭和の大物政治家の屋敷を経て高級ホテルとなったエリアとに、だいたい二分されている。

そのホテルの地下に、雨の日の深夜、手毬をつく妖しい少女が現れるのだという。

有名な手毬唄の舞台・肥後熊本藩。その中屋敷の跡地に出没する手毬の少女。三〇〇年以上の長い時の坂道を、手毬がころころ転がってきたかのようだ。

ただし、このことを知っているのは、裏方的なスタッフと警備員などに限られるらしい。噂が広がらない理由は、少女が出没する一角がゲストルームから離れているせいと、ある忌まわしい出来事にこの怪異が関わっていたためだと思われる。

若い頃から長年、件のホテルで働いている中村松子さんから聞いた話だ。

二〇年以上前のことだが、ここに山本さんという女性が勤めていた。

山本さんは当時三〇歳前後。将来を誓い合った恋人がいたが、彼女は宴会担当マネージャーに抜擢された矢先で、シーズンによっては連日残業もあたりまえ、徹夜で働くことが珍しくなかったので、結婚はもう少し先のことになりそうだった。

その夜も、イベントの片付けと、同じ宴会場で翌朝から催される結婚式の準備に追われた。仕事が終わったのは午前二時過ぎで、疲れ果てた山本さんはバックヤードにある従業員用の休憩室で仮眠を取ることにした。

山本さんは休憩室で寝るのは初めてだったが、見れば一応ベッドやバスルームもあり、地下にあるから非常に静かだ。疲れていたせいもあって、すぐに眠りに落ちた。

──トン、トン、トン

何か物音がする。なんだろう? 毬をついているみたい……。

初めは夢の中でその音を聞いているような気がしていた。しかしだんだんと意識が揺り起こされてきて、やがて彼女は目を開けた。

──トン、トン、トン、トン、トン、トン

音は一定のリズムを刻んでおり、本当に、毬つきでもしているかのようだ。

横たわったまま枕もとのスタンドライトを点けてみた。頭をもたげて四方を見回しながら鼓膜に神経を集中させると、音の出どころがわかった。

このベッドの真上の辺り。つまり天井だ。

音はいったん鳴りやんだ。上の階で何か作業をしていたのだろうと思い、山本さんはスタンドライトの灯りを絞って再び目を瞑つむった。けれども、すぐまたさっきの音が、こんどは違う方角から聞こえてきた。気になって眠れない。また周囲を見回してみたところ、部屋の隅の暗がりに毬まりが一つ、落ちていた。

色鮮やかな糸が幾重にも巻かれ、幾何学模様を表した美しい日本手毬だ。

今そこに転がってきたばかりのように、ゆらゆらと揺れて……止まった。と思ったら、小さな一対の手がサッと毬を掴んで物陰に引っ込んだ。

びっくりして声を振り絞ったつもりが口を開けて息を吐いただけとなり、よけいに驚いてしまった。なぜか起きあがることも出来ないとわかり、ひどく焦った。

すると今度は、衣擦れと軽い足音が床を横切ってドアの方へ駆け抜けていった。

足音が部屋から出ていくと同時に動けるようになり、上体を起こして、さきほど毬が転がっていたあたりを見たが、誰もいない。山本さんは浴室やクローゼットを確認してみようと思い、ベッドから降りた。

すると、どこかから、ころころころっと彼女の足もとに毬が転がってきた。

爪先に当たりそうになり、とっさに屈んで拾おうとした。

そのとき、和服を着た五、六歳の少女が、いかにも毬を追って走ってきたという体で忽然と現れた。駆け寄ってきて素早く毬を拾うと、踵を返して部屋の隅に逃げていく。

そして消えてしまった。

山本さんは、しばらくして気を取り直し、部屋中の灯りをこうこうと点けて、少女が逃げていった辺りをつぶさに調べた。けれども、そこは単に部屋の角であって、壁があるばかりだったのだという。

こんなことがあって以降、彼女は同じ怪異に何回か見舞われた。いつも地下の休憩室で、深夜か明け方に眠っているときだった。そして決まって雨が降っていた。

回を重ねられた理由は、済んでしまえば怖くないと初めのときに思ったためだ。

二度目からはたいして驚きもせず、三度目以降は、いつ毬が転がってくるかと寝る前から待ち遠しく思ったほどだ。

それは六回目だったか、七回目だったか……。

何度目かは定かではないが、最後に現れたとき、少女はいつもとは違って、毬を拾うと山本さんの体を真っ直ぐに通り抜けていったのだそうだ。

山本さんは体調を崩したと言って翌日から仕事を休み、病院で診察を受けた。

すると妊娠していることが判明し、しかも、すでに赤ん坊は彼女の胎内で大きく育っていて、堕胎することが不可能になっていたのである。

これが原因で山本さんは恋人と別れた。二人は長らくそうした関係を持っていなかったので、彼が疑うのも無理はなかった。

「でも決して浮気などしていないと山本さんは言っていました」

「だけど別れてしまったら、彼女はその後どうしたんでしょう? 中絶不可能ということは妊娠二二週を過ぎていて、赤ん坊は四〇〇グラムぐらいに育ってます。大きさは、それこそ日本手毬かメロンぐらいありますよ。一晩でいきなりそこまで胎児が成長するというのは恐ろしいことです。誰が見ても妊娠しているのがわかるぐらい、はっきりとお腹が突き出していたはずですからね」

私がこう言うと、中村さんは困った顔をされた。

「山本さんは、それっきりホテルに出勤せず、そのまま退職してしまったんですよ。二ヶ月も経った頃に私物を取りにいらして、そのとき、最後の夜の出来事を私たちに話してくれたのですが、赤ちゃんのことまでは……。そのときは、もうお腹は平らになっていたような気がするんですが……。産んだあとだったのかしら……」

なんだか後味の悪い話なので、お客さんの耳に入らないように、中村さんたちは気をつけてきたのだという。

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