助手席の女(東京 甲州街道) | コワイハナシ47

助手席の女(東京 甲州街道)

会社員のMさんは、どんな場所でもラーメンのためなら平気で出かけるという、大のラーメン通だ。この話はまだMさんが大学生になったばかりの頃のこと。

夏休みを使って車の免許を取ったMさんは真夜中、父親のセダンに乗り込むと甲州街道をひとり走っていた。目的地は東京郊外にある人気のラーメン店。

当時はまだカーナビがないため、途中何度も路肩に車を駐めては、助手席に置いたガイドブックの地図を頼りに車を進めていた。

二十三区を出たあたりから車の台数は急激に減り、信号にも捕まらないまま軽快に車を走らせていた。ところが、店まであと数百メートルという所で車は赤信号に捕まった。

(やれやれ……あと少しなのに)

愚痴混じりのため息をつきながら、ブレーキを踏むと、グゥゥゥゥゥという制動音と共に車は停止線の少し手前で止まった。

視線を道の先にやると、赤く点った信号がずっと先まで並んで見える。

(ふぅ……シグナルブラインドかよ……)

Mさんは、さらに大きなため息をついた。

シグナルブラインドとは、車の少ない夜間の幹線道路では、スピードの出し過ぎを防ぐため赤信号のタイミングを合わせること。一度赤信号に捕まると、その先の信号はタイミング良く赤信号に変わり、毎回捕まる仕組みになっている。

おそらく店までにはあと三つは信号がある。Mさんは三つ目のため息をついた。

──ブゥゥゥゥン

かすかなエンジン音がしたかと思うと、白いハッチバックがMさんの右側に停車した。

何気なくそちらへ視線を向けると、助手席の窓から少女がこちらの方をじっと見つめている。髪は短かめで、歳は十七、八くらいだろうか。べったりと両掌てのひらをガラスに付けたまま、何かを言いたげにこちらを見ている。

Mさんは運転席の窓を開ける、外に顔を覗かせた。すると、

「たすけてー! たすけてー! 殺されちゃう!」

突然少女は火が付いたかのように、窓ガラスを叩いて叫びだした。

「たすけてーー! たすけてーー! あたし殺されちゃうのーーー!」

絶叫する声とドンドンと窓を叩く音が真夜中の交差点に響き渡る。

(もしかしたら誘拐とか拉致の類なのか?)

隣の運転席を見ると、そこには眼鏡を掛けた細身の中年男が黙って座っている。前を向いたまま、まるで助手席の少女のことなど意に介さないような顔をしている。

「たすけてー! たすけてー! たすけてー! 殺されるー!」

真夜中の冗談にしてはあまりにも度が過ぎている。どうしたら良いのか考えあぐねていると、目の前の信号が青に変わった。ハッチバックはエンジンを吹かすと、叫ぶ少女を乗せたまま走り出した。

少し遅れてアクセルを踏みかけたMさんだったが、このまま走ればシグナルブラインドでまたあの車と並んでしまうことに気づいた。

ハンドルを切り車を路肩に寄せると、ハッチバックのテールライトが見えなくなるまでそこに停まっていた。

予定外のハプニングはあったが、目的の店に到着するとMさんは店の駐車場に車を入れ、楽しみにしていたラーメンを満喫した。

食べ終えて店を出たMさんが駐車場の車へ戻ると、車の助手席に誰かが座っている。

(……車上荒らしか?)

相手に気づかれないよう、電信柱の影からそっと様子を伺うと、それはさっきのハッチバックに乗っていたあの少女だった。少女は無表情のまま黙って虚空を見つめている。その顔を見て彼は少女がこの世の者では無いことを悟った。

(あいつ、今度は俺の車に来やがった!)

Mさんは慌ててその場を離れ甲州街道に出ると、タクシーで家に逃げ帰った。

車は翌日、父親に頼んで取りに行って貰ったという。

幸いMさんは、それ以降少女を見ていない。

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