消えたモーテルの女(滋賀県 琵琶湖周辺) | コワイハナシ47

消えたモーテルの女(滋賀県 琵琶湖周辺)

京都出身の田村さんという四十代の男性の体験談である。

田村さんは背が高く身だしなみもきれいで明るい笑顔が特徴的な、誰からも好かれる男性だ。現在は都内でまじめに営業の仕事をしている。ところが昔は不良だったそうだ。

今から二十五年前、中学三年生の頃、かなえさんという女性とつきあいはじめた田村さんは、彼女を連れて京都から滋賀県まで琵琶湖を見に行くことにした。田村さんは先輩からバイクを借りると、無免許ながら彼女を後部座席に乗せて京都を出発した。よく先輩達とバイクで遊びまわっていたので運転には自信があった。かなえさんも嬉しそうに田村さんの腰に腕をまわし、はしゃいでいたそうだ。

京都を出たのは昼過ぎで、琵琶湖が見える頃には夕陽が茜色に染まって、息を飲む美しさだった。「日本の夕陽百選」に選ばれているだけある。雄大な絶景が広がっており、水面には鳥たちが優雅に浮かんでいたという。

到着した後、ふたりで琵琶湖のほとりを歩いた。持ってきたサンドイッチを食べ、再びバイクにまたがると山道へ入って行った。

しばらくバイクを走らせると、どんどんと山が深くなっていく。

(このまままっすぐ帰りたくはない。どこか休めるところはないだろうか)

すっかり陽は落ち、山道は真っ暗になってきた。ここから京都まで戻るにしてもふたりで少し休みたい。休憩できる場所はないかと運転していると道の傍らに古いモーテルが建っているのが見えてきた。ふたりは駐車場にバイクを停めると受付へ向かう。従業員が出てきて、直ぐに部屋へ案内してくれた。

田村さんたちは外階段から、二階の突き当たりの部屋に案内される。

「今日はどなたも泊まってないのでゆっくりして行ってください。何かありましたら内線でお呼びください。私は受付におりますので、お帰りの際はお声掛けくださいね」

そう言うと従業員は階段を下りていった。

ドアを開け中へ入ると、すぐに浴室があり、奥の部屋には左側にベッド、右側にはクローゼットとテレビがある。その手前には小さなテーブルがあり、そこにヘルメットを置くとベッドに腰を下ろした。途端にエッチな気分になってしまった。しかし、そのことを彼女には悟られないように、

「俺、疲れたから先にシャワー浴びるわ」

そう言って涼しい顔で浴室へ向かう。内心ドキドキしながらも、シャワーを浴び終わると、浴室から出て、バスローブを羽織り、

「お前もシャワー、浴びてこいよ」

かなえさんに声をかけてベッドに横たわった。

彼女はうなずくと浴室へと向かい、しばらくするとシャワーの音が聞こえてきた。この音を聞いた途端、田村さんは猛烈な優越感に浸った。

(俺は自分の力で、女をモーテルに連れこんだんだ)

しかし優越感とは裏腹に、どっと疲れが出てきた。ベッド脇に小さな冷蔵庫があったので、缶チューハイを取り出し飲んでいた。すると急激な眠気が彼を襲う。彼女がシャワーを浴び終わるまで仮眠しようと、枕元の電気を消して目を閉じた。ところが、一瞬で深い眠りに落ちてしまった。

田村さんがハッと目を覚ますと、シャワーの音は止んでいて部屋は静まり返っていた。

「悪ぃ。俺、寝ちゃってた」

枕元の電気を点けて部屋を見渡したが、かなえさんの姿がない。

「あれ? おーい?」

呼びかけるが彼女からの返事はない。時計を見ると深夜の二時を過ぎている。浴室に行くが灯りは点いておらず、真っ暗になっていた。扉を開けてみたが彼女の姿はなかった。シャワーヘッドから、ぽたぽたと雫しずくが滴したたり落ちているだけである。

(どこ行ったんだ? もしかして寝ちゃったから怒って出ていったのかな……でも、こんな山ん中、ひとりで帰れるはずないし)

あれこれ考えていると、突然、クローゼットの中から物音がした。

「なんだ、そこにいたのか。驚かせるつもりか?」

声をかけて、クローゼットの前に立ち、

「俺どのくらい寝てた? ごめん、疲れちゃってさ」

そう声を掛けて彼女が出てくるのを待っていた。ところが返事はなく代わりにガタガタと中から音が聞こえてくる。

「もうわかったから、出てこいよ」

はじめのうちは可愛い悪戯だと笑っていたが、あまりにもしつこいので、田村さんはだんだんと腹が立ってきた。

「いい加減に出て来いよ」

それでも返事はなく、たまりかねてクローゼットを開けると、そこにかなえさんの姿はなかった。ふと背後に気配を感じる。

ゆっくりと振り返ると、浴室の前に人影が横切るのが見えた。

「……かなえちゃん?」

田村さんの脳裏に、ホラー映画のワンシーンがよぎる。

(どうしよう。もしかしてどこかに殺人鬼が潜んでいて……かなえちゃん、連れ去られたか、もう殺されてしまったんじゃ……)

恐怖のあまり馬鹿なことを、彼は本気で信じてしまった。ベッド脇の電話が目に入ったので飛びつくように受話器を取ると、受付へと繋がる内線を押した。ところが、何度押しても反応がない。

(まさか……従業員も殺されたのか)

猛烈な恐怖のあまりパニックに陥りつつも、同時に頭の片方では考えていた。

(そんなことあるわけがない。外に出て、何もないことを確認すればいいだけだ。きっと落ち着くに違いない)

ドアを開けて、田村さんは部屋の外へ出た。バスローブで裸足はだしのまま、外階段をかけ下りる。駐輪場を過ぎ、離れの受付に到着すると何度もドアをノックして呼びかけた。返事はなく田村さんが困っていると、女性の絶叫がモーテルの方から響いてきた。

「かなえちゃん!」

田村さんは来た道を引き返し、二階へと続く外階段を夢中で駆け上がった。外階段の中間あたりまで戻ったとき、階段の上に裸足の足がある。見上げると、全身ずぶ濡れになった見知らぬ女が立っていた。田村さんは驚いて息を飲む。

「私の顔……どうなってる?」

突拍子もなく女が尋ねてくる。田村さんがかける言葉を選んでいると、女の顔はみるみる間に赤紫色に変色していった。どんどん膨れあがり、ひと抱えほどの大きさになると、

「私の顔……どうなってル?」

女は再び同じことを尋ねると、田村さん目掛けて頭から落ちてきた。

田村さんが病院で目を覚ましたのは、それから三日も経ってからだった。モーテルの外階段下に頭から落ちてケガをしていたのだという。

まわりには医者や看護師のほかに刑事が何人かいて、色々なことを根掘り葉掘り聞いてくる。あのバイクはどこで入手したのか、なぜあのモーテルに泊まっていたのか、飲酒のことや無免許運転のことなど大人たちに口々に言われたが、そんなことはどうでも良かった。

「かなえちゃんは? かなえちゃんは無事ですか?」

田村さんが尋ねると、刑事が首をひねる。

「一緒に泊まっていた子です。目を離した隙にいなくなっちゃって」

君はひとりでモーテルに入ったはずだと刑事は言う。

「え? いえ、違います。僕は彼女とふたりでモーテルに行きました」

刑事は怪訝な表情で、田村さんの言葉を否定した。受付の従業員の証言に加え、防犯カメラにも「かなえちゃん」の姿は確認できず──田村さんは最初からひとりでバイクに乗り、ひとりでモーテルに泊まっていたのだ。

「かなえちゃん」とは、それ以来会ったことはない。京都三条河原でナンパした子で彼女のことは何も知らなかった。

彼女は本当にいたのだと、今でも田村さんは主張しているが、モーテルの外階段にいた女の正体は──まったく見当もつかないと彼はため息をついた。

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